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 ファッションストリートのある駅前で千早とは待ち合わせをしていた。
 だが、千早の隣には知らない女子高生がいた。
 長い黒髪で清楚な感じの女子だ。

「ふふっ、あのお店の髪ゴム、そうそう大きいリボンのやつ、リュックにつけようかなって」

 そんな内容のことを話して楽しそうに笑っている。
 見えないから俺に気付かないのは仕方がないんだが、あんなに俺から離れたくなくてべしょべしょに泣いてたくせに、あんなに母親に友達いないって心配されてたくせに、いるじゃねぇか友達。

「千早」

 気付いたら、話しているところに割って入っていた。
 会話していた女子が、あっ、という顔をして「千早くん、またね」と言って去っていった。
 これが俺を見たやつの普通の反応だ。

「龍生、もう着いてたんだ?」

 千早はいつもと変わらない。
 ニコニコと笑って、俺を至近距離から見上げてくる。
 
「さっきの子はね、最近仲良くなった子。あそこのお店で可愛いもの買いたくて、でも上手く見えなくて困ってるときに助けてくれたんだ。どんなものなのか、言葉で説明してくれるんだけどね、とっても分かりやすいんだよ?」

 聞かなくても、そんなふうに話して、俺が話さなくても静けさに気まずくなることはない。
 ただ、今日の俺は違った。

「へえ、よかったな。付き合うのか?」

 こんな発言は自分ではない。
 頭では分かっていても、口に出すことを止められなかった。

「……龍生、やきもち?」

 不思議そうな顔でそんな風に言われて、もやっとする。

「は? 俺とお前はそういうんじゃねぇだろ?」

 親鳥と雛みてぇなもんだろ。

「僕の王子様なのに?」
「それはお前が勝手に言ってるだけだろ?」

 俺は最初から自分がそんな存在だなんて思ってない。
 なれるとも思ってない。

「てっきり、龍生は僕のこと好きになってくれたのかと思ってた」

 俺の発言を聞いて、残念そうに少しずつ千早が俯いていく。そして

「僕は好きなのに……」

 そんな声が聞こえた。

「なんで俺なんだよ?」

 一度窮地を救ったからといって、惚れられる意味が分からない。
 頼られるだけなら、まだ分かる。
 恋愛感情を俺に向ける意味はなんだ?

「優しくて、かっこよくて、安心するから」

 パッと顔を上げて、千早が答える。
 嘘のない瞳だった。

 ――ああ……、そうか……、こいつは俺をそんな風に見てくれてるのか……。

 たとえ思ったとしても、見た目に引き摺られて、誰もそんな言葉を俺には言わない。
 
 こいつを守らなければ、と思った。

「そんなこと言って、どうせ、俺は瑛二ってやつの代わりなんだろ?」

 本心じゃない。
 たしかに、俺はあいつの代わりなんじゃないかと、さっきまでは少し疑っていた。
 でも、違う。

 ――千早から離れなければ……。

「違うもん!」
「は? なにが違うんだよ」

 千早は即答したのに、俺はさらに追い詰めた。

「……」
「なんか言えよ」

 黙った千早の顔を見て、ああ、あと一歩だなと思った。
 だから、俺は黙らなかった。

「……龍生なんか、だいっきらい!!」

 千早は大きな声で叫んで、そこをたまたま通ったまったく見知らぬ男子高校生の腕を掴んで駅の中に消えていった。

「それが本音かよ……」

 つぶやいて、苦しくなる。
 そう仕向けたのは俺なのに。