「聞こえる……」
瑛二がそうつぶやいたとき
「……待って!」
後ろから声が聞こえてきた。
「瑛二、よね……?」
それは瑛二の母親だった。
ずっと走って来たのだろう、肩で息をしている。
「大きくなって……」
乱れた息を整えながら、少しずつこちらに歩いてくる。
俺は瑛二の手をぎゅっと握った。
たぶん、俺のほうが緊張してる。
「母さん」
向き合って、瑛二は静かに言った。
優しい表情だった。
「瑛二、あの……」
胸の前でぎゅっと自分の手を握って
「ごめんなさい」
なにが、とか、なにをして、とか、そういうことは一言も言わず、瑛二の母親は深く頭を下げた。
何秒も何十秒も頭を上げない。
「母さんはいま、幸せ?」
瑛二にそう尋ねられてはじめて、ゆっくりと顔を上げて
「……うん」
と控えめに答えた。
「そっか、なら、よかった」
瑛二の言葉は案外あっさりとしていた。
笑顔で応えて、「じゃあね」と歩き出してしまう。
「うん」
向こうもこちらを引き留めることはしなかった。
「もっと他に話さなくてよかったのか?」
俺の手を引いて、カツカツと白杖を振って歩く瑛二に俺は問い掛けた。
もっと、考えれば、これからどうするかとか、聞くことあったんじゃないかと思う。
「うん。俺といるとき、母さんはいつも苦しそうだった。だから、いま、幸せそうでほっとしたんだ。ほんとによかった」
笑顔のままで瑛二は言った。
自分がひどいことを言われたり、ひどいプレッシャーを受けるより、母親が苦しんでいたことが瑛二を一番苦しめていたということなのか。
それでも……
「……なんで、そんなふうに笑えるんだよ?」
笑えるところじゃない。
「虎太郎、泣いてるの? どうして?」
気付いたら、涙が溢れて止まらなくなっていた。
儚い笑みが俺に問い掛ける。
「お前……っ、泣かないんじゃなくて、泣けないんだろ……? 笑ってんじゃ、ねぇよ……」
ぼろぼろ涙を溢しながら俺は瑛二の手をぐっと引っ張った。
瑛二は泣きそうな顔をしても涙を流したところは一度も見たことがない。
たぶん、泣けないんだと思った。
「――どうして、分かっちゃうかな……。でも、虎太郎が、泣いてるの聞いてたら、泣けてきた……」
俺の涙が伝染したみたいに、瑛二が静かに涙を流しはじめる。
なんともない、ただその姿を見ていたら、ああ、こいつのこと好きだな、と思った。
「あー、もうっ……」
どうしてもたまらなくなって、俺はぐいっと瑛二の首元を引っ張ってキスをした。
「え、虎太郎、いま……」
驚いたように涙を止めて、瑛二が自分の口元を手で押さえる。
「好きだよ、お前のかっこわるいところ」
「俺は虎太郎のそういう男らしいところに一目惚れしたんだ」
公道だってのに、瑛二は俺のことをぎゅっと抱きしめた。
それから、すぐに我に返ったように
「ねえ、虎太郎、いま人いなかった?」
と言った。
「いない」
そう答えるが、実は何人もさっきから反対の端を通っている。
何回もジロジロ見られていた。
「いや、いたよね? 足音聞こえた」
「いないって」
身体を離しながら、いまさらプチパニックになっている瑛二に再度言う。
人に見られたくらいでなんだ。
「自転車の音」
「しつけぇ」
俺はぴしゃりと言って、瑛二の手を引いて歩き出した。
「お前、もうへんなことすんなよ?」
「うん、虎太郎がいれば大丈夫」
ふふっと隣で笑われて、俺もふっと笑ってしまう。
ああ、それと忘れていた。
「あとさ、お前、ほんと、あとで色んな人に謝れよ?」
「あー……、そうだよね。虎太郎、一緒に来てくれる?」
苦笑いを浮かべながら瑛二は身体を小さく縮めた。
「はぁ……、仕方ねぇな」
そんな瑛二に少し呆れながら、それでも可愛いなと思う俺であった。
瑛二がそうつぶやいたとき
「……待って!」
後ろから声が聞こえてきた。
「瑛二、よね……?」
それは瑛二の母親だった。
ずっと走って来たのだろう、肩で息をしている。
「大きくなって……」
乱れた息を整えながら、少しずつこちらに歩いてくる。
俺は瑛二の手をぎゅっと握った。
たぶん、俺のほうが緊張してる。
「母さん」
向き合って、瑛二は静かに言った。
優しい表情だった。
「瑛二、あの……」
胸の前でぎゅっと自分の手を握って
「ごめんなさい」
なにが、とか、なにをして、とか、そういうことは一言も言わず、瑛二の母親は深く頭を下げた。
何秒も何十秒も頭を上げない。
「母さんはいま、幸せ?」
瑛二にそう尋ねられてはじめて、ゆっくりと顔を上げて
「……うん」
と控えめに答えた。
「そっか、なら、よかった」
瑛二の言葉は案外あっさりとしていた。
笑顔で応えて、「じゃあね」と歩き出してしまう。
「うん」
向こうもこちらを引き留めることはしなかった。
「もっと他に話さなくてよかったのか?」
俺の手を引いて、カツカツと白杖を振って歩く瑛二に俺は問い掛けた。
もっと、考えれば、これからどうするかとか、聞くことあったんじゃないかと思う。
「うん。俺といるとき、母さんはいつも苦しそうだった。だから、いま、幸せそうでほっとしたんだ。ほんとによかった」
笑顔のままで瑛二は言った。
自分がひどいことを言われたり、ひどいプレッシャーを受けるより、母親が苦しんでいたことが瑛二を一番苦しめていたということなのか。
それでも……
「……なんで、そんなふうに笑えるんだよ?」
笑えるところじゃない。
「虎太郎、泣いてるの? どうして?」
気付いたら、涙が溢れて止まらなくなっていた。
儚い笑みが俺に問い掛ける。
「お前……っ、泣かないんじゃなくて、泣けないんだろ……? 笑ってんじゃ、ねぇよ……」
ぼろぼろ涙を溢しながら俺は瑛二の手をぐっと引っ張った。
瑛二は泣きそうな顔をしても涙を流したところは一度も見たことがない。
たぶん、泣けないんだと思った。
「――どうして、分かっちゃうかな……。でも、虎太郎が、泣いてるの聞いてたら、泣けてきた……」
俺の涙が伝染したみたいに、瑛二が静かに涙を流しはじめる。
なんともない、ただその姿を見ていたら、ああ、こいつのこと好きだな、と思った。
「あー、もうっ……」
どうしてもたまらなくなって、俺はぐいっと瑛二の首元を引っ張ってキスをした。
「え、虎太郎、いま……」
驚いたように涙を止めて、瑛二が自分の口元を手で押さえる。
「好きだよ、お前のかっこわるいところ」
「俺は虎太郎のそういう男らしいところに一目惚れしたんだ」
公道だってのに、瑛二は俺のことをぎゅっと抱きしめた。
それから、すぐに我に返ったように
「ねえ、虎太郎、いま人いなかった?」
と言った。
「いない」
そう答えるが、実は何人もさっきから反対の端を通っている。
何回もジロジロ見られていた。
「いや、いたよね? 足音聞こえた」
「いないって」
身体を離しながら、いまさらプチパニックになっている瑛二に再度言う。
人に見られたくらいでなんだ。
「自転車の音」
「しつけぇ」
俺はぴしゃりと言って、瑛二の手を引いて歩き出した。
「お前、もうへんなことすんなよ?」
「うん、虎太郎がいれば大丈夫」
ふふっと隣で笑われて、俺もふっと笑ってしまう。
ああ、それと忘れていた。
「あとさ、お前、ほんと、あとで色んな人に謝れよ?」
「あー……、そうだよね。虎太郎、一緒に来てくれる?」
苦笑いを浮かべながら瑛二は身体を小さく縮めた。
「はぁ……、仕方ねぇな」
そんな瑛二に少し呆れながら、それでも可愛いなと思う俺であった。