あの日、俺が目的地を聞くと瑛二は一度言い渋った。
 それは母親のところに行こうと思ったけど、やっぱりやめたからだったんだな。

 でも

「どうして住んでる場所、知ってるんすか?」

 一人で母親に会いに行こうとしていたとしても、住所を知らなければ行けないはずだ。
 でも、あの場所まで来たってことは、きっと瑛二は母親が住んでる場所を知っていたのだろう。

「高校生になって、あいつには母親の居場所を知る権利があったから、住所だけは教えたんだ」
「わざわざ傷付くようなことしなくてもよかったんじゃないっすか?」

 俺が瑛二のことを忘れたかったみてぇに、瑛二も母親のことを忘れたかったはずだ。
 だったら、忘れさせてやればよかったのに。

「あいつには、もうトラウマから解放されてほしくて。それにはいまの妻に会う必要があると思った。妻は会うことに了承してる」
「そんなの……、――で、なんなんすか、あれ」

 もうこれ以上は俺がなにかを言っても無駄だろうと思って、俺は静かに外に目を向けた。
 斜め横に見える隣の建物の壁だ。
 瑛二が、どうしてああなってるのか。

「いまの瑛二の状態は妻にあいつが見捨てられたときに似てる。がむしゃらになんでもやって、一人で生きていけるって証明しようとしてるんだ。止めたんだけど、止まらない」

 極端すぎる。
 あいつは他に方法があるとか、みんながそんな風に思ってないって考えられねぇのかよ?

「僕も一応止めたんだけどね。ブラサカもやりつつ、スカウトされたモデルも明莉さんにサポートを受けてやってる。学校もちゃんと行ってるし、このままじゃ、瑛二、頑張り過ぎて壊れちゃうかもしれない」

 ずっと黙っていた千早が口を開いた。

「虎太郎、止めてよ。瑛二が壊れる前に」

 めずらしく悲痛な声音だった。

 ――なんで、みんな……。

「俺に止められるわけねぇだろ? 俺のどこにそんな力があるんだよ? もうあいつの中に、俺への気持ちなんてないだろ? あんたら全員、自分勝手だよ!」

 勢い良く席を立って、オレンジジュースを持った店員とすれ違って、俺は店を出た。

 ――瑛二もお父さんも千早も、みんな自分勝手だ……。