ぎゅっと瑛二が俺の服の裾を握ってくるが、もうこれ以上は待てないと思って手に力を込めた。

「……っ」

 バチンっという音と共にスタッドが瑛二の耳を貫通する。
 しばらく、打ったところがじんじんしてるのだろう、瑛二はぎゅっと身を固めたまま動かなかった。

「できたけど?」

 あまりにも小さくなって動かない、そんな瑛二の肩を叩く。

「ちゃんと空いた?」

 そのままの状態で微かな声が聞こえた。

「もう後ろのキャッチ取らないと外れないって」
「ほんと? 俺、頑張った?」

 少しずつ瑛二の身体がいつも通りになっていく。

「おう」
「やった、ありがとう、虎太郎!」
「うっわ」

 さっきまで動かなかったのが嘘みたいに、瑛二は喜び庭駆け回り、じゃなくて、急に立ち上がって、俺を引っ張り上げた。
 焦った俺は「おい、ちゃんと毎日消毒するんだぞ?」とか「クラゲ着けるのは一ヶ月後だからな?」とか、まるでお節介を焼く母親みたいに言って、気付いたら、ベッドの上に辿り着いていた。

「触っていいんだよね? 虎太郎」

 もう肩には触れてんじゃねぇかと思うが、なんか無性にどきどきする。
 雰囲気なのか、なんなのか、いつもと俺の中のなにかが違った。

「瑛二、あの、あのさ……」

 時間稼ぎのために口を開いてみるが、上手く言葉が出て来ない。

「危ないから目閉じてて」

 そう言われて、そっと目を閉じるしかなかった。
 約束もしちまったし。

「……っみ、みは」

 耳のピアスを確かめるように触られるとムズムズする。
 目を閉じているからか、余計に敏感になっている気がした。

「虎太郎は、どんな顔してるんだろう……」

 そう言いながら、瑛二は耳から手を俺の眉毛へと移動させていく。
 そして、眉毛をなぞって、瞼を優しく撫でて、鼻を辿って、その手は俺の唇に辿り着いた。

「アメリカのヘレン・ケラーって人は生まれつき目も見えなくて、耳も聞こえなかったんだって。どうやって、文字や言葉を覚えたかって言ったら、手に指で文字を書いたり、唇に手を当てて、その振動や動きで覚えたんだって、信じられる?」

 俺の唇をふにふにと触りながら、瑛二がそんな風に言う。
 驚きとか、そういうんじゃなくて、なんか淡々としてる感じだった。

「……瑛二は聞こえるだろ?」

 唇に触れられながら、俺はぼそりと言った。
 しゃべりづらいが、そう聞きたかった。
 瑛二は聞こえる。
 なのに、なんで、こんな風に俺の唇に触れるんだろうか。

「うん、君の声が聞こえる」

 そう答える声がやけに近くで聞こえて、俺は目を開けた。

 すると

「いって! やんのか!? ああ゛?」

 なんでか分かんねぇが、俺の額と瑛二の額がぶつかって、ケンカを売られたと思った俺の中の猫たちが、やんのかステップで威嚇する。

 それなのに、瑛二はなぜか「難しいね」と言って笑った。
 なんだ、距離感を間違えただけか、と俺の中の猫が「うん?」と鳴いた。