◆ ◆ ◆
水族館を出て、瑛二が「海のにおいがする、海に行きたい」と言うから、俺は瑛二の手を引いて、砂浜まで来た。
もうすでにちょっと靴の中に砂が入ったが、そんなことが気にならないほど、太陽の光を反射した海は綺麗だった。
「海のにおいがするね」
「瑛二、海来たことあるのか?」
海のにおいを知っているということは、においの記憶はあるわけで、思い切って尋ねてみた。
「うん、小さいときにね。――虎太郎、ここの砂はどんな感じ?」
太陽の光を浴びるように顔を上げていた瑛二が今度は下に顔を向ける。
まるで砂の感触を確かめるみたいに足を動かして、絶対、靴の中に砂が入ってるだろ、それ、と思った。
「黒い汚い砂」
「ふふっ」
俺の返答に瑛二は笑っているが、いや、ほんとなんだって。
沖縄とかハワイとかに行けば白い砂浜があるんだろうけど、ここの砂は黒くて、じゃりじゃりしてて湿気が多い感じだ。
「虎太郎、字教えてよ」
波が届かないところでしゃがんで、瑛二が言う。
俺も点字教えてもらったし、それもそうだな、と思って、俺も瑛二の横にしゃがみ込んだ。
「名前?」
「俺と虎太郎のね」
「おけ」
俺も瑛二も右利きだから、少し後ろから寄りかかるみてぇに瑛二の手を取って、砂浜の上に瑛二の人差し指を走らせる。
「これが瑛二」
「うん」
ゆっくりと書いて、黒い砂に瑛二の名前が刻まれる。
「これが虎太郎」
自分の名前を刻んだとき、俺の名前って意外とかっこいいのかもしれないと思った。
「ありがとう、一回じゃ覚えられないな」
そう言いながら、いま刻んだ名前を指先でなぞる瑛二。
「まあ、そうだろうな。またやろうぜ」
俺は上機嫌で少し横に移動して、瑛二との間に砂の山を作り始めた。
「虎太郎、なにしてるの?」
隣でジャッジャという音がするから、気になったのか瑛二が聞いてくる。
「山を作ってる」
「なんで?」
「お前、砂場でやったことねぇのかよ?」
「なにを?」
「宝探し」
見えないかもしれないが、俺は悪戯心を込めて、瑛二ににやっと笑い掛けた。
どんどん砂を盛って、自分の膝下くらいまでの山を作り「よし」と言う。
「瑛二、そっちから崩さないように穴掘ってこい」
これから起こることがきっと面白いと思って、俺はにやにやと笑みを浮かべながら、山を掘りはじめた。
瑛二も俺とは反対側を掘り進めてくる。
盛りすぎたのか、なかなか見つからない、と思ったら、ちょんっと指先に触れるものがあって
「見つけた」
俺は手を突っ込んで、瑛二の手を掴んだ。
「……」
瑛二はなにも言わない。
まるで固まったみたいに動かなかった。
びっくりしたのか?
「瑛二?」
一度呼び掛けてみる。
ふざけてるのか、反応がない。
かと思ったら
「うわっ、どうした?」
突然、瑛二が立ち上がるから、山が崩落した。
なんか、様子がへんだ。
「瑛二、どうした?」
俺の呼び掛けに答えず、瑛二は音を頼りにして、波打ち際まで歩き始めた。
すごく心配になって、俺もあとを追う。
「瑛二、濡れるって」
足が水に浸かりそうになり、さすがに俺は瑛二の腕を掴んで止めた。
「ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする?」
「え?」
明るくも暗くもない声で問われて困惑する。
電車の混雑を避けて、昼過ぎから来ていたために瑛二の視線の先では陽が傾き始めていた。
見えない瞳がなにかを見ようとしている。
「……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない」
俺はその言葉の意味がまったく分からなかった。
「もう夕方だね、寒くなってきた。帰ろう」
そう言って、瑛二は俺に微笑んだ。
帰りの電車で瑛二はいつも通りだった。
あれはなんだったんだ、と思うが、もう気にしたくなかった。
水族館を出て、瑛二が「海のにおいがする、海に行きたい」と言うから、俺は瑛二の手を引いて、砂浜まで来た。
もうすでにちょっと靴の中に砂が入ったが、そんなことが気にならないほど、太陽の光を反射した海は綺麗だった。
「海のにおいがするね」
「瑛二、海来たことあるのか?」
海のにおいを知っているということは、においの記憶はあるわけで、思い切って尋ねてみた。
「うん、小さいときにね。――虎太郎、ここの砂はどんな感じ?」
太陽の光を浴びるように顔を上げていた瑛二が今度は下に顔を向ける。
まるで砂の感触を確かめるみたいに足を動かして、絶対、靴の中に砂が入ってるだろ、それ、と思った。
「黒い汚い砂」
「ふふっ」
俺の返答に瑛二は笑っているが、いや、ほんとなんだって。
沖縄とかハワイとかに行けば白い砂浜があるんだろうけど、ここの砂は黒くて、じゃりじゃりしてて湿気が多い感じだ。
「虎太郎、字教えてよ」
波が届かないところでしゃがんで、瑛二が言う。
俺も点字教えてもらったし、それもそうだな、と思って、俺も瑛二の横にしゃがみ込んだ。
「名前?」
「俺と虎太郎のね」
「おけ」
俺も瑛二も右利きだから、少し後ろから寄りかかるみてぇに瑛二の手を取って、砂浜の上に瑛二の人差し指を走らせる。
「これが瑛二」
「うん」
ゆっくりと書いて、黒い砂に瑛二の名前が刻まれる。
「これが虎太郎」
自分の名前を刻んだとき、俺の名前って意外とかっこいいのかもしれないと思った。
「ありがとう、一回じゃ覚えられないな」
そう言いながら、いま刻んだ名前を指先でなぞる瑛二。
「まあ、そうだろうな。またやろうぜ」
俺は上機嫌で少し横に移動して、瑛二との間に砂の山を作り始めた。
「虎太郎、なにしてるの?」
隣でジャッジャという音がするから、気になったのか瑛二が聞いてくる。
「山を作ってる」
「なんで?」
「お前、砂場でやったことねぇのかよ?」
「なにを?」
「宝探し」
見えないかもしれないが、俺は悪戯心を込めて、瑛二ににやっと笑い掛けた。
どんどん砂を盛って、自分の膝下くらいまでの山を作り「よし」と言う。
「瑛二、そっちから崩さないように穴掘ってこい」
これから起こることがきっと面白いと思って、俺はにやにやと笑みを浮かべながら、山を掘りはじめた。
瑛二も俺とは反対側を掘り進めてくる。
盛りすぎたのか、なかなか見つからない、と思ったら、ちょんっと指先に触れるものがあって
「見つけた」
俺は手を突っ込んで、瑛二の手を掴んだ。
「……」
瑛二はなにも言わない。
まるで固まったみたいに動かなかった。
びっくりしたのか?
「瑛二?」
一度呼び掛けてみる。
ふざけてるのか、反応がない。
かと思ったら
「うわっ、どうした?」
突然、瑛二が立ち上がるから、山が崩落した。
なんか、様子がへんだ。
「瑛二、どうした?」
俺の呼び掛けに答えず、瑛二は音を頼りにして、波打ち際まで歩き始めた。
すごく心配になって、俺もあとを追う。
「瑛二、濡れるって」
足が水に浸かりそうになり、さすがに俺は瑛二の腕を掴んで止めた。
「ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする?」
「え?」
明るくも暗くもない声で問われて困惑する。
電車の混雑を避けて、昼過ぎから来ていたために瑛二の視線の先では陽が傾き始めていた。
見えない瞳がなにかを見ようとしている。
「……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない」
俺はその言葉の意味がまったく分からなかった。
「もう夕方だね、寒くなってきた。帰ろう」
そう言って、瑛二は俺に微笑んだ。
帰りの電車で瑛二はいつも通りだった。
あれはなんだったんだ、と思うが、もう気にしたくなかった。