なんで、あんなこと言ってしまったんだろう……。
 完全なる八つ当たりだ。
 瑛二はなにも悪いことしてないのに、ほんと最低だ、俺……。
 最低以外のなんでもない。

 あんなこと言う必要も、言うつもりもなかったのに、なにしてんだ。

 どうやって謝ろう……、でも、俺の声はもう聞きたくないだろうし、メッセージも見たくないだろうな。
 お友達、解消か……。

 どうすべきか、と考えてはいたが、お互いになんの連絡も取り合わないまま、気付けば、夏休みが終わりかけていた。

「コタくん、ずっと元気ないね。瑛二くんとケンカでもしちゃった?」

 リビングのソファで白猫の空に顔を埋めて倒れていると、ソファの横に立って母さんが声を掛けてきた。

 きっと、もう何日も前から気付いていたと思うが、そろそろ話を聞いてみましょうかね、という感じに涙が出そうになる。

 こんなとき、頼りになるのは母親という存在だ。

「母さん、僕……」

 空から顔を離して、母親を見上げる。
 そして、空を膝に乗せてソファに座り直した。

「うん、どうしたの?」

 横に母親が座り、話しを聞く姿勢になってくれる。

「可愛いって言われたくなくて、こんな格好してかっこつけてるのに、ぜんぜんかっこいいやつになれなくて、ケンカにも勝てなくて、落ち込んでるところに瑛二が自分はなんもできなくてかっこわるくて悔しいって言うから、悔しいのはこっちだ、って怒っちゃったんだ」

 早口で息つく場所もぐちゃぐちゃで、ぜんぜんまとまってないままに話した。
 そして、苦しくなって「ほんと、さいてい……」とまた空に顔を埋める。

「あら、しおしおのお野菜みたい」

 ふっと母さんが笑ったのが聞こえた。
 それから母さんは微かに笑ったまま続ける。

「コタくん、可愛いなんて言われるのはね、若いときだけなのよ? ママなんか、もうパパにさえ可愛いって言ってもらえないんだから」

 大人の余裕なのか、文句を言いながらも母さんは楽しそうだ。

「母さんは女の人じゃないか」

 空から目だけを覗かせて、俺は母さんを見た。

「あらぁ、それは偏見ってやつじゃない? 人は猫の男の子にだって可愛いって言うじゃない。ねぇ、陸くん?」

 そう言いながら、母さんはちょうど足下にきた黒猫の陸を抱っこした。
 母さんの膝の上でみょーんっと伸びた陸は「うん」と鳴いた。
 陸は本当にこの鳴き方をする。

「猫と人は違う……」

 俺はしょぼくれた眼差しを陸に向けた。

「ねえ、コタくんは猫を猫だと認識してから可愛いって言うの? 見た瞬間にただ可愛いって思わない?」

 こちらを覗き込みながら、母さんがなんか博識なことを言っている。
 そうだ、母さんは頭のいい学校を出ているんだった。

「たしかに……」

 へんに納得してしまった。
 俺だって、猫はパッと見で可愛いと思う。

「見た瞬間にこうビビッときて、どうしても人に可愛いって言いたくなっちゃう気持ち、コタくんにもいつか分かるときがくるよ」

 そう言って、いつまでも小さい子扱いをするように、母さんは俺の頭を優しく撫でた。

 それから思い出したかのように

「あら、忘れてたけど、三日後に近くの大きな公園で夏祭りがあるのよね。瑛二くん呼んでみたら?」

 と言う。

 夏祭り、それは知らなかった。しかし

「瑛二、夜は帰るの危ねぇし……」

 来るときは明るいからいいんだが、帰るときは心配になる。
 向こうも不安だろう。

「お泊まり会すればいいのよ。お布団干さなきゃ」

 いいこと思い付いちゃった! みたいな雰囲気で突然陸を抱えて立ち上がった母親は俺の返事を聞く前にルンルンで二階に消えていった。
 勝手に呼ぶことが決まってしまった、というか、呼ぶしかない空気作るの上手すぎる。

「はぁ……」

 俺は溜息を吐きながら重たい腰を持ち上げた。