『虎太郎はなんかスポーツしてた?』

 捨て台詞を吐いて置いて帰ったのに、夜に電話を掛けてきた瑛二はいつも通りだった。
 というより、なんか嬉しそう? な気がする。
 瑛二ほど人の声音で機嫌判断する正確性ねぇから、たぶんだけど。

「俺、ほんとは小学生のときサッカーやってたんだよ、ブラサカではぜんぜん役に立たなかったけど」

 そっちがそうなら、と俺も普段通りに返答する。
 一応言っておくと、ブラサカとはブラインドサッカーの略である。

『なんでやめたの?』

 そう尋ねられて、心の中の俺が「うぐっ」と唸る。

 高学年になるにつれて周りの身長が伸び始めて、周りのやつらばっかりかっこいいって言われて嫌だったから、とかそんなダサい理由言えないよなぁ。

「ケガ」

 仕方ねぇから、一番それっぽいことを言ってみた。

『え? 今日、大丈夫だった?』

 やばい、心配させてる。
 このままだと瑛二、罪悪感抱くかも。

「おう、もう影響ないくらい、ほぼ完治してるし」

 それはそれは凜とした声で言ってやった。
 まあ、焦りからか手元では瑛二にもらった点字なぞってんだけど。
 
『そっか。……いや、待って、ちょうど良かった』
「は?」

 ――ちょうどよかったってなんだ?

 まさか、そんなことを言われるとは思っていなくて、困惑する。
 どの、なにがちょうどいいのか。

『金曜日の放課後って空いてる?』
「お、おう」
『家、来れる? ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ』

 またはじまったよ、瑛二の突拍子もない何か。
 こうなると瑛二は止まらない。

「分かった、行くし、細かくは聞かないけどさ、お前、既読無視だけはやめろよな?」

 力強く、俺は言った。
 既読無視されると心にもやっとくるっていうか、ちょっと不安になる。

『いいよ。一時間ごとになにかメッセージ送ったほうがいい?』
「バ、バカかっ、そういうことじゃねぇから!」

 つか、いいよってなんだよ?
 不安だから、定期的にメッセージ送ってくれないかなぁ、みたいな雰囲気、別に俺出してなかっただろうよ?

『俺、虎太郎になら一時間ごとに好きって言える』
「……っ、それ送ったら、金曜行かねぇからな、おやすみ」

 瑛二が言うその言葉は、何度聞いても聞き慣れない。
 聞いた途端、ひゅっとなって、俺は電話を切った。
 それから思い出して、ぶわわっと顔が熱くなって、口が勝手にむむっという形になる。

「瑛二のバカやろう……」

 つぶやけば、少しはマシになると思った。

 そのあと、金曜になるまで、瑛二からたまに思い出したみたいに「すいか」とか「すみれ」とか「すぽんじ」とか意味の分からないメッセージが送られてきた。
 途中で気付いて、やめさせた。