「瑛二、明莉さんにちゃんと謝れよ」
「明莉さん、すみませんでした」

 そのままの流れでそんなことを言って、言わせて、最後に

「許してやってください、恋は盲目なんで」

 と締めくくる。

 皮肉なんかじゃない。
 悪いことが分からなくなるほど、どんな恋も盲目であり平等である、とここでは言っておいてやる。
 俺と瑛二はお友達だけど、もうあんたの入る隙はない。

「君には敵わないな」

 一瞬、明莉さんは目を丸くして、それからふっと笑った。

「虎太郎くん、酷いこと言ってごめんね。君はすごくかっこよくて、いい子だった。私の負けだ」

 立ち上がった明莉さんに、なぜだか握手を求められて、その手を握る。
 すると、ぐっと引き寄せられた。

「瑛二くんのこと……ううん、瑛二くんと仲良くね」

 そう耳元で囁いて、明莉さんが去っていく。
 瑛二くんのこと、よろしく、って言おうとして訂正したんだろうな。
 
 じゃなくて、俺、一つ気になってることがあったんだ。

「待ってください」

 呼び止めて、追いつく。

「瑛二にあのグミあげたのも明莉さんっすか?」

 誰かにもらって瑛二がずっと買い続けてるグミのことだ。
 あれが明莉さんからのものなら、やっぱり瑛二は未練がたらたらだということになる。
 だが明莉さんは

「なに? グミって」

 と不思議そうな顔をして去っていった。

 ――じゃあ、誰が……?

 でも、グミくらいで気にしてたらキリねぇよな。
 つーか、俺はなに気にしてんだか……。

「立てるかよ?」

 俺が戻ると、瑛二はまだ立ち上がれていなかった。

「虎太郎」

 両手を広げながら名前を呼ばれて、仕方ねぇなと思う。

「おい」

 真正面にしゃがんで、瑛二の身体に両腕を回すとそのままホールドされた。

「虎太郎が俺を悪者にしてくれてよかった……」

 静かな声に俺の動きが止まる。
 やっぱり、途中で俺の行動の理由分かってくれてたんだな。

「俺、最初、お前が未練たらたらなのかと思ってた。でも、違ったんだよな?」

 瑛二は振られてもいないし、未練で動いていたわけでもなかった。

「半分未練みたいなものだよ」

 ぼそりと呟く声が耳元で聞こえる。

「ん」

 続けて、と言うみたいに俺はそれだけ言った。
 それを受けて、瑛二が続ける。

「明莉さんと出会ったのは俺がちょうど大事なものを失った頃で、明るくて強い彼女に支えられていたんだ」

 それって……と思ったが、口には出さなかった。
 瑛二にはきっと特別な背景がある。

「別れても、そんな彼女の存在に結局俺は頼ってた。だから、香水を使い続けてたんだ。そこに居なくても明るくて強い存在を支えにしていたかった」

 瑛二の中で明莉さんのすべてが悪くなったわけではなかったんだな、と思う。

「ん」

 また俺は微かに相づちを打って、瑛二の言葉を待った。

「ただね、本当にそこにはもう愛情はなくて、彼女のことは嫌いで、でも、嫌いになりきれなくて……」

 そこまでで止めて、それから瑛二は「明莉さんとは久しぶりに会ったんだけどね」と小さく言った。

 俺には明莉さんの気持ちも分かる。

「明莉さんも、瑛二のこと諦めたくて諦めきれなかったんだよな、きっと」
「……そう、かもね」

 彼女のあの行動はよくなかったけど、瑛二を守りたい気持ちと未だに好きな気持ちは分かった。
 でも、反発して、見えない傷を作り合って、二人はあのまま話していても、きっとお互いに悪い意味で離れられなかった。
 だから、俺は瑛二を悪者にした。