「明莉さんなら……、俺を見捨てずに好きでいてくれると思ったから」

 瑛二が苦しそうに告げると

「私を見捨てたのは瑛二くんじゃない!」

 明莉さんの目から涙が一粒落ちた。
 俺から離れた手が今度は瑛二の両腕を正面から掴む。

「好きだったし、すごく支えられてもいた。でも、二つとも、なんて無理だったんだ。俺を見捨てないことと、俺を“普通”に扱うことと」
「瑛二……!」

 悪い言い方だ。
 わざとその言葉を使っているとしか思えない。
 俺は思わず、そんな言い方はないだろう? と瑛二の名前を呼んだ。

 でも、瑛二は「ごめんね、虎太郎」としか言わなかった。
 近くにいるのに、遠くの会話に戻っていってしまう。

「……忙しくなくなるのを待っていれば、まだ私にもチャンスがあると思ったの」

 俯いてぼそりとこぼす明莉さんの言葉に

「ないよ」

 と静かに返される言葉。

「なら、なんでいまも私があげた香水使ってるの?」

 顔を上げて、明莉さんは問い続ける。
 諦めきれなくて、少しのチャンスを探して。

「それは……」

 瑛二は言葉を飲み込んで答えない。

 ――ああ……俺、瑛二のさっきの発言で分かっちまった。

「俺に嫉妬してほしいとか思ってたんじゃねぇの?」

 わざと怒りを込めた笑いを含んで俺は言った。

 この発言は虚偽だ。
 瑛二と明莉さんのための虚偽。

「瑛二、お前、それ最悪だぞ?」

 ゆっくり立ち上がって、黙ったままの瑛二の横に立つ。
 きっと、瑛二もいま頭の中で俺の言葉の意味を考えているのだろう。

「虎太郎くん……?」

 分からない、という明莉さんの視線が俺に向く。
 そんな彼女に俺は

「明莉さんはもっと怒ってもいいと思うっすよ?」

 と言った。

「え?」

 戸惑いの瞳が瑛二から両手を離す。

「瑛二は俺に嫉妬させるために明莉さんを利用したんすから」

 怒り笑いを続けながら、俺は瑛二の肩に手を置いた。

 ――頑張れ、俺の中の全力ヤンキー。

「瑛二、回れ」
「へ?」

 両肩をがっしりと掴んで、戸惑いの声をこぼした瑛二をアイススケーターのようにその場で回していく。

「これは明莉さんを利用した罰だから」

 そう言いながらガンガン回す。
 瑛二ももう理解したのか抵抗せずに回った。

「やめて、そんなことしないで」

 途中、明莉さんに言葉で止められたが、俺は容赦しなかった。
 回転を止めると、瑛二はぐらぐらと揺れて立っていられなくなり、地面にへたり込んだ。

「……っ、容赦ないね」

 綺麗な顔が歪む。

「当たり前だろ?」

 俺は瑛二の横にしゃがんでそう言った。

 ベンチに座ったままの明莉さんのほうを見ると、信じられない、というふうな顔をしていた。
 そして、俯いて、俺に問う。

「……虎太郎くんさ、瑛二くんと二人で回転寿司に行ったらどうする?」

「どうするって、頼まれたら皿とか取ったり注文聞いたりするけど、基本放っとくっすかね。そのままでロシアンルーレットみたいになって楽しいかもしんねぇし」

 それとなくイメージして、面白くなる。
 自分も一緒にやってみてもいいし。

「ロシアンルーレットって、間違って高いの取っちゃったら最悪だ」

 まだ目が回っているのに堪えながら瑛二がふっと笑う。

「大丈夫、そんときは、おっ、おおっ? ってヒントやるから」
「それ虎太郎が楽しみたいだけじゃん」

 瑛二にど突かれて、思わず、笑ってしまった。
 嘘じゃない、だって楽しいだろ?

「そっか……」

 ぼそりと声が聞こえて、視線を明莉さんのほうに戻すと

「これが瑛二くんの見たい景色なんだ……」

 ゆるやかな風の中で、こっちを見て、彼女は泣きながら笑っていた。