一体、何を話されるのか、どきどきしながら明莉さんと一緒に歩いていくと、センター横の公園に辿り着いた。

 芝生や遊歩道がある子供も大人も色々な目的で使える広い公園だ。
 
「ごめんね、残ってもらって。はい、ここ座って」
「うっす」

 誰もいないベンチに座るよう言われ、俺は大人しくそこに腰を下ろした。
 
 ――瑛二のお父さんみたいに尋問でもされんのかな?

 自然と自分の両膝に両拳を置いて、面接の姿勢みたいになってしまう。
 そんな俺の隣に座ってすぐ、明莉さんは本題に入った。

「虎太郎くん、瑛二くんから離れてほしい」

 その言葉を聞いた瞬間、ズドンと何か重たいものに胸を打ち抜かれた気がした。

「え?」

 遅れて俺の口から疑問符がこぼれ落ちる。

「瑛二くんは特別なの」

 ずいっと俺と距離を詰めて、明莉さんが力強く言った。
 そして、言葉を続ける。

「ブラインドサッカーってね、パラリンピックの競技にもなってるんだけど、国際選手になるには弱視じゃダメなの、光覚、または全盲じゃないと。瑛二くんはさ、それをクリアしてて、もっと本格的な練習をすれば将来、世界に行けるようなスキルを持ってるの」

 俺はいまなにを言われてるんだ?
 パラリンピック? 国際選手? 世界に行く? 
たくさん言葉を並べられて、俺の中がいっぱいになる。

「だから、離れてくれないかな? 君みたいなのがそばにいたら将来のある瑛二くんに悪い噂が立つかもしれない」

 そこでやっと理解できた。
 この人は瑛二が大事で、それ以外はどうでもよくて、俺が嫌いなんだ。

 見た目だけで判断されたのかもしれねぇけど、たぶん、この人は誰でも瑛二の周りに来た人間を排除する。

「俺は、別に……瑛二のことなんて……」

 絞り出した言葉は明莉さんの圧に押されて、微かに震えていた。

 でも、本当なんだ、俺は別に瑛二との接点なんて元々なかったわけだし、ただのお友達なだけだし、別に他人に離れろって言われて離れたって、なんともないだろ? 
 
 ――なあ、そうだろ? 俺。

「だったら、君から消えて。きっと、瑛二くんは君のことが好きなんでしょう? 瑛二くんからは離れられないと思うから」
「……っ」

 手を勢い良く掴まれて、ビクッと身体が跳ねる。
 明るい明莉さんから発せられたと思えないほどその口調は冷たかった。

「俺は……」

 なんて言葉を返せばいいのか分からない。
 掴まれた手が白くなって、すべてを諦めそうになったときだった。

「虎太郎から離れて」

 声が聞こえた。

「瑛二?」

 いつの間に、そこに立っていたのか、ベンチから少し離れた横のところに瑛二がいた。
 
「瑛二くん、どうやって……」

 明莉さんが驚いたように言う。

 たしかに、どうやってここまで来て、俺たちをみつけたのか。
 手に持ってはいるが、白杖の音なんて、まったくしていなかった。 

「父さんに頼んだ。俺の目になってくれって」

 真っ暗な画面のスマホを持ち上げて、瑛二が言う。
 どうやら、スマホのテレビ通話機能を使って遠隔でお父さんに案内を頼んだようだ。
 ずっと遠くから俺たちのあとを追っていたのかもしれない。

「明莉さんはお節介だから、絶対、虎太郎に余計な話をすると思った」

 淡々と話しながら、瑛二がこちらに進んでくる。

「お節介って……」

 そう口ごもる明莉さんの横に立って、瑛二は続けた。

「俺はあなたのそんなところが嫌いだった」

 その声は俺に向けたことのない形をしていた。

「傷付けたくなくて、忙しくなったからって理由で別れて、本当のことを言わなかったけど、俺はなんでもかんでもやってもらいたかったわけじゃない」

 冷たくて、尖ってて、痛くて……。

「私はただ、瑛二くんをサポートしたくて……、いまだって……」

 明莉さんは涙目で、まるで「お父さんがいなきゃ無理だったじゃない」みたいなニュアンスで言う。

「俺だって本当は父さんに頼りたくなかったけど、明莉さんが卑怯なことするから」

 よく考えてみれば、俺もその卑怯に加担してしまった気がする。
 瑛二が見えないからって、二人だけで話をして。
 でも、いま、俺が会話に入る余地はない。

「俺はそんなになにも出来ないような人間に見えた? 誰かに助けを求めることさえできないような、そんな」
「……」

 悔しそうに唇を噛んだ瑛二と何も言わない明莉さん。
 だが、そこで会話が終わるわけもなく

「ずっと、そう思ってたんでしょ? 俺が一人じゃなにも出来ないって」

 瑛二はそう付け足した。

「じゃあ、なんで私と付き合ったの?」

 目に涙を溜めて瑛二を見上げて明莉さんが言う。