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「瑛二、おつかれさま」

 チームの挨拶が終わるのを待って、千早は瑛二に声をかけた。
タオルやスポドリを手渡してるところを見ると、サッカー部のマネージャーみたいだ。
 
「千早、いつもありがとう」

 まだアイマスクやサポーターを頭から外していないが、瑛二が爽やかな笑みを浮かべていることが分かる。

「今日もほんとうにかっこよかったよ」

 恋してるやつってみんなこういう顔すんのか、千早はキラキラしてた。
 全身で好きって言ってるみてぇ。

「そう? 正直、点取れてほっとした」

 千早の気配を探して、瑛二が微笑む。
 自然と俺は息を潜めていた。

「うんうん。そうだ、あのね、僕、これからママと出掛ける用事があるから帰らないといけないんだ。でも、ほんとはもっと一緒に瑛二と居たかったよ」

「ふふっ、ありがとう。お母さん待ってるんでしょ? 楽しんできて」

 キュルキュルルンルン、ふんわりやんわりって空気が二人を包んでいる。

 ――うん、これを見てもなんとも思わないな、俺。

 心の平穏を確認している俺とは裏腹に「じゃあね」とルンルンなままで去っていく千早。
 俺は最初から空気だったのか、挨拶をされることはなかった。

 そして、一体いつまで息を潜めているのか、自分でも分からないままに黙って瑛二のそばに立ち続ける俺。

 だって、さっきの二人のやりとり見たあとに、俺、どんな感じで話し掛ければいいんだよ。
 「よう、ピッチで暴れてたな」とか?

「虎太郎」
「……!」

 突然、声を掛けられて、ぎくりとする。

「虎太郎、来てくれてありがとう」

 たぶん、どこに立ってるかまでは把握できてなくて、瑛二は俺の気配を探して話してる。
 俺が一言でも声を出せば、すぐに場所を特定してくるだろう。

「怒ってるの? ごめんね」

 申し訳なさそうな声音が静かに言葉を紡ぐ。

 くっそぅ、と心の中で俺は唇を噛んだ。
 その「ごめん」ってなんなんだよ? って。

「呼んどいて案内しないって、お前……」

 もう降参した。
 ぼそりと俺がつぶやけば、瑛二はピンッと耳を立てた犬みたいに俺のほうを向いた。
 どうして、そんな嬉しそうな雰囲気を出すのだろうか。

「虎太郎に探してほしくて」

 そのままの雰囲気を纏いながら、ゆっくりと瑛二がこちらに歩いてくる。

「んだよ、それ」

 意地悪されたんだから、こっちだって少しずつ後ろに下がる意地悪くらいしてやってもよかったんだ。
 それなのに、俺の足はぜんぜんその場から動かなくて……むしろ、自分の居場所を教え続けて……

「遠くから虎太郎の応援の声が聞こえてきたとき、すごく嬉しかった」

 トンッと伸ばした瑛二の手が俺の肩に触れた。

「見つけた」
 
 近くで囁かれて、なんか心がムズムズする。
 俺も探されてんじゃん、って冗談で笑っておけばよかった。
 でも、そんなふうには笑えなくて

「俺の応援、ルール違反だったけど……?」

 そう言いながら、そっぽを向いた。

 千早が名前を教えてくれた『ブラインドサッカー』という競技。
 観客はゴールが決まるまで静かにしていなければならない。
 知らなくて、そのルールに反した。
 でも、俺はあのとき、無意識に瑛二にエールを送りたいと思った。

「大丈夫。俺も試合戻れって注意された」

 あはは、と軽く笑う瑛二。
 応援に来てた名前も知らない女子たちが『盲目のプリンス』と呼んでいることを瑛二は知っているのだろうか。

「ねえ、虎太郎、まだ時間ある?」
「なんで? まあ、なくはねぇけど」

 急に尋ねられて、俺はむむ?っという顔をした。
 むむ?が消えないままに「ちょっと来て」と手を握られて、歩き出す瑛二。

「今野さん、いますか!?」

 途中ですごい通る声で誰かを呼び始めてびっくりした。