「初めて来た場所で迷子になってしまって」
「迷子って目的地は?」

 気を遣っているのか言いづらそうにしている瑛二に俺はさらに問い掛けた。

「……えっと」

 なんで口ごもるのか。
 言いにくい場所なのか?

「どうした?」

 俺の問いに瑛二が一瞬何かを考えたあと、ううん、と首を振る。

 そして

「ここの最寄りの駅に戻りたくて」

 と言った。

 んだよ、言いにくいところなのかと思って、ビビったじゃんか。

「西台良駅な、連れて行ってやるよ」

 掴むところはここで合ってるのか分からないが、俺は瑛二の左腕を掴んで駅に向かって歩きはじめた。

「ありがとう」
「別に」

 瑛二からお礼を言われて、こんなん友達と仲良く歩いてるだけだろ、と思って返事をした。

「っ……!」

 瞬間、隣の瑛二がちょっとした道の段差でガクンと足を軽く踏み外した。
 腕を掴んでいたから転ぶことはなかったが、俺が言ってやらなかったからか、と思って

「あ、ごめん」

 俺が適当に謝ると、なぜか瑛二は「ううん」と嬉しそうにふふっと笑った。
 瑛二が笑うから、俺も口元が緩む。

 ――なんで笑ってんだよ、意味わかんねぇ。でも、なんか、いつもの道なのに楽しいな。

「虎太郎、今度、お礼がしたいから、連絡先教えて」

 駅に着くと、改札の近くで瑛二がスマホを取り出してそう言ってきた。

「礼とかいいって、別に――って、お前のスマホ、画面真っ暗なんだな」
「必要ないからね。こうやって音声だけで」
「おお」

 驚いた。
 瑛二のスマホは画面がブラックアウトしたみたいに真っ暗なままだった。
 ただ瑛二が画面をタップすると音声が聞こえているから、スマホの電源はついているらしい。

「ほら、番号教えて」
「えっと070……」

 急かされて、お礼はいいとか言いながら俺は瑛二に番号を教えた。

「はい」
「すげぇ」

 しばらくすると、電話番号から導き出したのか、メッセージアプリに「よろしく」という文字が送られてきた。
 プロフィールには『西 瑛二』の文字。

「あとで連絡するね。今日は本当にありがとう」
「お、おう」

 あとは駅員に聞くから、と瑛二は改札の窓口へと向かっていった。
 気になって、じっと見つめてしまう。
 どこで乗りたいとか、どこで降りたいとか話していたのか、駅員としばらく話したあとで瑛二は不思議なことにこちらを振り返った。

「ふっ、なにやってんだよ」

 見えてるはずねぇのに、俺がまだいると思ったのか、瑛二は俺のほうを向いて笑顔で手を振っていた。
その爽やかな笑顔に見えてないって分かってるのに、俺も思わず、柄にもなく笑顔でぶんぶんと手を振り返した。

「って、俺も同じ路線じゃん!」

 と気付くまで、20分くらい経っていた。