◆ ◆ ◆
仁坂高校には昔から語り継がれてきた噂がある。
それは高校がある西台良駅から二駅先、室香の駅前で告白すると恋が実るというものだ。
美香と日和も先輩に聞いて、事あるごとにテンション高く話に出していた気がする。
そして、俺はいま、藤白に呼び出されて、そこにいる。
銅で出来た木のオブジェの前でもじもじとする藤白と、その後ろに守護神のように立つ美香と日和。
――これ絶対にそうじゃん……!
「こんなところに呼び出して、どうした?」
ここに来て数分、藤白が何も言わねぇから、ぜんぜん知りません、というのを装って声を掛けてみる。
「ほら、藤白ちゃん」
助け船を出すようにとんとんと後ろから藤白の肩を叩く美香。
守護神に見られてんの嫌なんだが、藤白が不安なら仕方ない。
「虎太郎くん、あの……助けてくれたとき、すごくかっこよかった」
もじもじとしながらも勇気と一緒に絞り出すように告げる藤白。
その姿にちょっとじわっとくる。
「俺は自分のできることをしただけだよ」
他に言葉が見つからなくて、俺はそんなことを言った。
夕方の少し涼しくなった風が吹き抜ける。
「ううん、誰にでもできることじゃないよ。虎太郎くん、もっと怖い人だと思ってたし……。でも、本当は優しくて……あの、私……!」
いままで自信なさそうにわずかに下を向いていた藤白が顔をバッと上げたときだった。
「虎太郎」
俺の後ろから静かな声が聞こえた。
「え、誰? めっちゃイケメンじゃん」
「やばいんだけどっ」
美香と日和が俺の後ろを見て即座に反応する。
俺も勢い良く振り返った。
「瑛二!? なんでここに居るんだよ?」
――いま、すげぇいいとこだったのに……!
本当に信じられなかった。瑛二がいた。
ここに来ることは誰にも言っていない。
俺が自慢のために、とかそんなんで千早に言うはずねぇし。
「俺、虎太郎の声なら、すぐ分かるから」
伏せた瞼を上げて、瑛二が視点の合わない瞳で俺を見る。
――そういうことじゃねぇんだけど?
心の中で思いながら、俺は藤白たちのほうに向き直した。
「虎太郎の知り合い? すごいかっこいいんだけど」
「綺麗かっこいいって感じ……!」
瑛二を見て、きゃっきゃっと小声で騒ぐ美香と日和。
「かっこ、いい……」
藤白も瑛二に目を奪われている様子で、小さく言っているのが聞こえた。
「あちゃー、取られちゃったね、コタ、仕方ないよ、コタはやっぱ可愛いし」
苦笑いを浮かべながら俺のほうにやってきた美香が慰めのつもりか、俺の頭をわしゃわしゃと乱した。
「ちょ、おい、撫でんなって!」
外だし、ムッとしながらその手を軽く払い除けようとした。
そのときだ。
――は?
一瞬、全部がスローモーションに見える。
後ろから伸びてきた長い腕にぐっと引き寄せられた。
「……」
気付いたら無言の瑛二の腕の中に居て
「え、なにしてんの?」
心臓がバクバクしてて、俺はほとんど無意識に言葉をこぼしていた。
「いま、女の子に触られてたよね」
耳に吹き込まれる淡々とした声が
「ダメ、だから」
嫉妬の色に変わる――。
俺の視線の先、藤白が、あっ、という顔をしたのが分かった。
そこには驚きと察しと諦めがあったように見えた。
「あー、そういう」
「ほうほう」
なにかを察して納得したように美香と日和が俺と瑛二を見る。
「いや、違う。違うって」
否定と一緒に手を前に伸ばすが、瑛二の腕が外れなくて、乱暴にもできなくて、結局、逃れられなかった。
「虎太郎、大丈夫。うちら、友達だから」
「変わんないから。また学校でね」
謎のグーサインを送って、美香と日和が「藤白ちゃんも行こ」「残念だったね、反省会だ」と藤白を連れて去っていく。
藤白はなんの未練もないのか、こちらを振り返ることもなかった。
ぽかんとした自分の中でポンポンポンッと木魚が鳴って、ひしひしと苛立ちが戻ってくる。
仁坂高校には昔から語り継がれてきた噂がある。
それは高校がある西台良駅から二駅先、室香の駅前で告白すると恋が実るというものだ。
美香と日和も先輩に聞いて、事あるごとにテンション高く話に出していた気がする。
そして、俺はいま、藤白に呼び出されて、そこにいる。
銅で出来た木のオブジェの前でもじもじとする藤白と、その後ろに守護神のように立つ美香と日和。
――これ絶対にそうじゃん……!
「こんなところに呼び出して、どうした?」
ここに来て数分、藤白が何も言わねぇから、ぜんぜん知りません、というのを装って声を掛けてみる。
「ほら、藤白ちゃん」
助け船を出すようにとんとんと後ろから藤白の肩を叩く美香。
守護神に見られてんの嫌なんだが、藤白が不安なら仕方ない。
「虎太郎くん、あの……助けてくれたとき、すごくかっこよかった」
もじもじとしながらも勇気と一緒に絞り出すように告げる藤白。
その姿にちょっとじわっとくる。
「俺は自分のできることをしただけだよ」
他に言葉が見つからなくて、俺はそんなことを言った。
夕方の少し涼しくなった風が吹き抜ける。
「ううん、誰にでもできることじゃないよ。虎太郎くん、もっと怖い人だと思ってたし……。でも、本当は優しくて……あの、私……!」
いままで自信なさそうにわずかに下を向いていた藤白が顔をバッと上げたときだった。
「虎太郎」
俺の後ろから静かな声が聞こえた。
「え、誰? めっちゃイケメンじゃん」
「やばいんだけどっ」
美香と日和が俺の後ろを見て即座に反応する。
俺も勢い良く振り返った。
「瑛二!? なんでここに居るんだよ?」
――いま、すげぇいいとこだったのに……!
本当に信じられなかった。瑛二がいた。
ここに来ることは誰にも言っていない。
俺が自慢のために、とかそんなんで千早に言うはずねぇし。
「俺、虎太郎の声なら、すぐ分かるから」
伏せた瞼を上げて、瑛二が視点の合わない瞳で俺を見る。
――そういうことじゃねぇんだけど?
心の中で思いながら、俺は藤白たちのほうに向き直した。
「虎太郎の知り合い? すごいかっこいいんだけど」
「綺麗かっこいいって感じ……!」
瑛二を見て、きゃっきゃっと小声で騒ぐ美香と日和。
「かっこ、いい……」
藤白も瑛二に目を奪われている様子で、小さく言っているのが聞こえた。
「あちゃー、取られちゃったね、コタ、仕方ないよ、コタはやっぱ可愛いし」
苦笑いを浮かべながら俺のほうにやってきた美香が慰めのつもりか、俺の頭をわしゃわしゃと乱した。
「ちょ、おい、撫でんなって!」
外だし、ムッとしながらその手を軽く払い除けようとした。
そのときだ。
――は?
一瞬、全部がスローモーションに見える。
後ろから伸びてきた長い腕にぐっと引き寄せられた。
「……」
気付いたら無言の瑛二の腕の中に居て
「え、なにしてんの?」
心臓がバクバクしてて、俺はほとんど無意識に言葉をこぼしていた。
「いま、女の子に触られてたよね」
耳に吹き込まれる淡々とした声が
「ダメ、だから」
嫉妬の色に変わる――。
俺の視線の先、藤白が、あっ、という顔をしたのが分かった。
そこには驚きと察しと諦めがあったように見えた。
「あー、そういう」
「ほうほう」
なにかを察して納得したように美香と日和が俺と瑛二を見る。
「いや、違う。違うって」
否定と一緒に手を前に伸ばすが、瑛二の腕が外れなくて、乱暴にもできなくて、結局、逃れられなかった。
「虎太郎、大丈夫。うちら、友達だから」
「変わんないから。また学校でね」
謎のグーサインを送って、美香と日和が「藤白ちゃんも行こ」「残念だったね、反省会だ」と藤白を連れて去っていく。
藤白はなんの未練もないのか、こちらを振り返ることもなかった。
ぽかんとした自分の中でポンポンポンッと木魚が鳴って、ひしひしと苛立ちが戻ってくる。