俺は学校のやつらに隠していることがある。
 それは俺が見せかけのヤンキーだということだ。
 内面は超真面目なやつ。
 いまも明日の英単語テストに備えて早く帰ろうとしているってわけだ。

 どうしてヤンキーを装っているのか、それは俺が低身長男子だから。
 身長が低いことでなめられないようにヤンキーを演じ、いまの一軍に入るのに一年を費やした。二年になれば身長が伸びると思ったが、ぜんぜん伸びず。
 金髪、軟骨まで空けたがっつりなピアスでなめられはしないが、ヤンキーでありながら、一軍の女子にただ可愛がられているだけのやつになってしまった。
 あぁ……俺だって、かっこいいと周りから言われたいのに。

「ん?」

 学校から少し離れた大通りに出たときだった。

 電信柱の横に一人の男子高校生が立っていた。
 体格とか制服からそう判断したわけだが、さらっとした茶色の髪とか伏せた長い睫とか、整った顔面とか、その透明感に思わず、目を奪われた。
 いままでに見たことがないほど綺麗で、同じ人間だと思えなかったくらいだ。

 ――白杖……。

 目を逸らせないほど綺麗な顔をした彼は白杖を両手で持って、真っ直ぐ上に持ち上げていた。
 それは緊急事態、助けてほしいときの合図だと超真面目人間の俺は知っていた。
 だが、後ろから来た会社員のおじさんみたいな人が話し掛けていたから良いかと思ってしまった。

 ふと足が止まる。

「君、綺麗だね。どうしたの? おじさんが助けてあげようか?」

 たまたま聞こえたんだが、なんか怪しい。
 助けるだけで、綺麗だねとか普通言うか?
 へんなとこ連れて行こうとか思ってねぇよな?

「どうも、おっさん、そいつ俺のダチなんで」

 気付いたら、身体が動いていた。
 おじさんには「え?」という顔をされたが、俺は「行くぞ」と言って白杖を持った腕を掴んで歩き出した。

「撒いたか?」

 しばらく歩いて、後ろを確認し、ようやく足を止める。
 おっさんも大したことねぇな、この俺の威圧感に諦めたか。

「あの、助けてくれてありがとうございます」

 伏せていた目を上げて、白杖の男子がこちらを見た。

「ああ゛? お前、どこ高のやつだ?」

 ――しまった、ついクセで不良ムーブをかましてしまった……!

 男子の瞳の綺麗さと身長の高さに戸惑って、思わず、俺は渾身の不良ムーブをかました。
 すらっとした彼は龍生と同じくらい、つまり180㎝くらい背の高さがある。
 おっさんから逃げるためにあまり横を見てなくて、いま気付いた。

「えっと、立花盲学校高等部専攻科二年の西 瑛二と言います」
「ほ、ほう、瑛二だな。俺は仁坂高校二年の佐藤 虎太郎。同い年なら敬語とかいらねぇから」

 ぺこっと頭を下げられて、俺もなんか分からないキャラで応える。
 もう、ほんと、なんでここで不良ムーブかましたの、俺!

「俺、光が分かるくらいしか見えなくて、ちょっと触ってもいい?」
「え? お、おう」

 まさか、突然そんなことを言われるとは思ってなくて、俺は戸惑いながら一歩、瑛二に近寄った。
 左手で白杖を、そして、自由なほうの右手が俺の腕から肩、それから首にゆっくりと辿り着く。
 そこから、まだ進んで……

「もしかして、と思ったけど……」

 ここで俺はハッとなった。
 背が低いと言われるんじゃないかと思ったのだ。

「ちょ」

 身を引こうとしたときだった。

「君、ヤンキー? 俺、本物のヤンキー初めて会ったよ。うわぁ、耳にすごいピアス空いてる」
「う、わ、耳っ」

 優しくではあるが、耳を触られてビクッと身体が跳ねた。
 くすぐったい。

「お――」
「かっこいいね」

 おい、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
 だって、それは……、俺がずっと欲しかった言葉。
 いや、いやいや、ただピアスがかっこいいって言ってるだけだよな?

「ピアスくらいで、んなわけねぇだろ」

 悶々とした気持ちで、吐き捨てるように言ってしまう。
 どうせ、と思ったのに。

「それだけじゃないよ。助けてくれたとき、かっこよかった」

 綺麗で優しい笑みが手探りで俺の左手をぎゅっと握った。

「は……」

 これは疑問形の「は?」じゃなくて、思わず口から息がもれた、というか。
 こんなにも、いとも簡単に俺の欲しかった言葉をくれるやつがいたなんて……。
 照れくさくなる。

「で、で? あそこで何してたんだ?」

 一瞬固まった俺は我を取り戻して、どもりながら瑛二に尋ねた。
 そうだ、一体何をしてたのかを冷静になって聞こうじゃないか。