「え? その声……虎太郎?」
「ふざけんなよ!」

 驚いたように足を止めた瑛二の前に回り込んで、俺は瑛二の胸ぐらを掴んだ。

「なんなんだよ、そいつ! 人には一目惚れとか言っておいて、俺がそいつに雰囲気似てるから好きとか言ったのかよ!」

 ――いやいやいや、何言っちゃってんの! 俺! 不良ムーブやめろ! 俺!
 
 頭では分かってるはずなのに、ぜんぜん止まらない。
 不良の皮かぶるのに一年費やした俺が止まってくれない。

「振ったの俺だけど、揶揄ってたんだよな? お前! だって、そんな早く――」
「ちょっと、君! 手を離しなさい!」

 急に後ろから誰かに羽交い締めにされた。

「は?」

 唖然として、手が離れる。
 知らないサラリーマンだった。

「君たち大丈夫か?」

 別の知らないサラリーマンが瑛二たちに尋ねる。
 俺は未だに羽交い締めにされてるし、色んな人からキッと睨まれた。

 もしかして、これって、ヤンキーが訳もなく他人に絡んでると思われてる?
 
「ちょ、俺は別に!」
「大人しくしなさい!」

 もう瑛二から手を離しているし、攻撃性はないのに後ろのサラリーマンは俺を解放してくれない。

「いや、だから、違うって離――」
「それ、俺の好きな人です」

 俺の言葉を遮るように瑛二の真っ直ぐな声が聞こえた。

「それ?」

 ピタリと俺を羽交い締めにしているサラリーマンの動きが止まる。

「それ。彼」

 瑛二が静かな声で言い直した。
 瑛二側のサラリーマンの視線が俺を見る。

「すみません。俺が悪いんです。大丈夫なので」

 音で判断しているのか、瑛二はこちらに向かってぺこりと頭を下げた。
 その一つの仕草だけで周りの空気が変わる。
 綺麗過ぎた。
 サラリーマンもパッと俺から手を離す。

「虎太郎」
「んだよ?」

 名前を呼ばれて返事をすると、俺の位置を把握したのか白杖で地面を叩きながら、いままで我関せずみたいな態度をしていた千早ってやつと一緒に瑛二は俺の方にやってきた。

「いろいろ勘違いされそうだから、場所を変えよう」

 にこっと微笑まれて、いまあったこと全部思い出して、ぶわわっと顔が熱くなった。