「あーやべ。入学式、始まっちゃった」
腕時計を見ると、時間はもう八時半すぎだった。
ちなみに今日は陽明高校の入学式。俺の入学する学校の入学式。始まる時間は、八時半。
そして、現在の時刻は八時三十二分⋯
どれだけ急いでももう、間に合わない。
「どうしよ⋯。入学式休む訳にもいかないしな⋯」
降りる駅まであと二駅。陽明高校は駅からちょっと遠いから、今からどれだけ急いでも十分ちょっとはかかっちゃう。
「それならもう、大胆に遅刻するか。そっちの方が言い訳もしやすいし」
陽明高校のある周辺は海に囲まれていて、田舎って感じの場所。だけど、交通の便も悪くないし、進学実績もまあまあ良いし、自由な校風で結構人気。
「久しぶりに砂浜行くかー」
海が好きだ。起こっていたことを全て忘れられさって、悲しいことも辛いことも全部なかったことにできる。
どのくらい居よう。この時間をどれだけ続けよう。この、『全部なかったこと』にできる時間を。
「君っ!うちの学校の子?新入生?」
周りを見渡す限り、人なんて俺以外居ないから、きっと俺のことなんだろうと声のもとへと振り返る。
「陽明高校の子だよね?新入生。名前は?」
「涼海咲夜、です」
「良かったぁ。君以外の新入生の子はもう入学式やってるから。途中からになっちゃうけど、来れる?」
「ああ、はい。分かりました」
「あ、大丈夫?ここに居る理由って体調悪いとかだった?そしたら全然休んでからでもいいんだけど⋯」
「ちょっと道に迷っちゃって!なんで、大丈夫ですよ」
駅から高校まで迷いようがない真っ直ぐな道だけど⋯
「そっかそっか。こっち逆方面だからそりゃわかんなくなるよねー!俺についておいで!」
「ありがとう、ございます。すいません。迷惑かけちゃって」
「迷惑なんかじゃないよ!入学式なのに遅れちゃって焦ったでしょ?」
「⋯まあ、少しは」
「お、強いねー。俺こういうの焦っちゃう人だわ」
「そういえば、先輩って名前⋯」
「あっ、言ってなかったね。陽明高校二年生、梅宮朱里だよ!」
二年生だったんだ。確かに、ネクタイの色が藍色。気づかなかったや。
梅宮先輩、優しい人だな。普通入学式遅れてんのに、あんなゆっくりしてる人のこと怒るはず。わざわざ探しに来てくれたのに怒らないとか心広すぎ。
「涼海くん、駅からこっち方面に真っ直ぐ行けば着くよ!慣れれば絶対迷わないから早めに覚えちゃいな!」
「ほんとにありがとうございます。あと、俺のことは咲夜でいいです。涼海って呼ばれるの慣れてないんで⋯」
「わかった。じゃあ咲夜くんって呼べばいい?」
「そこは梅宮先輩の好きでいいですよ」
「俺も咲夜って呼ぶからさ、咲夜くんも朱羽でいいよ」
「朱里先輩。でいいですか⋯?」
「もちろん。好きに呼んで!」
パッと明るく咲く笑顔。俺とは違う世界に住む人だと思った。愛想笑いでも作り笑いでもない、本当の笑顔。俺はもう忘れてしまったもの。
「もーちょっとで着くよ!うちめっちゃグラウンド広いんだよー!入学式はね第一ホールでやってるからね、校内ちょっと歩いちゃうんだけど。もしかしたら駅から高校より、こっちのが分かりにくいかも」
「そうなんですか。俺、方向音痴だから教室まで辿り着けないかもなー」
「そしたら俺が覚えるまで連れて行ってあげる!」
「それ、一年くらい続いちゃいますよ。ほんと俺、物覚え悪いから」
「じゃあ、一年間一緒に登校できちゃうね!」
本当に優しいと思う。俺なんかと一緒にいたら、この人をきっと汚してしまう。あの、花のような笑顔を見れなくなってしまう。
恋に近いような不思議な感情を抱きながら、優しく微笑む朱里先輩のことを見つめる。
「ここ!第一ホール!参加するのは咲夜くんだけでいいんだよね?ご両親とか親族の方とか来てない?」
「来てないですよ。母が体調を崩してしまって」
俺ん家の母さんが俺のために入学式に来てくれるわけない。今日入学式に遅れたのも母さんのせいなんだから。
「わ、残念だね。じゃあ今日は午後暇?」
「暇ですよ。どうかしましたか?」
「じゃあさ、ちょっと時間くれない?」
「いいですよ!えと、どこで待ち合わせ⋯」
「終わったら正門のとこで待ってるよ!あ、でもやっぱちょっと心配だから連絡先繋いどこっか」
やわらかふんわりスマイルを浮かべた彼を、ほんの数秒見つめて俺のお得意、普通の人には見抜けない愛想笑いを作る。
愛想笑いって本心から笑ってなくて失礼だって言われたりするけど、気がついたら愛想笑いしかできなくなってるだけなんだっていうことを知っている自分は寂しい人間なんだろうか。
「そうですね。俺の連絡先は―」
「おっけー!じゃあ終わったら連絡するね。入学式、楽しんで」
「ありがとうございます。また後で」
そう言って一度別れる。俺は新入生たちがいる列に、朱里先輩は先生であろう人の近くに駆け寄って行った。
時計を見てみると思ったより時間は経ってなくて、九時過ぎを指していて、校長の挨拶の途中だった。
入学式に遅れた俺に対して、何人かの生徒に「なんだアイツは」みたいな目で見られたけど、入学式だからかザワつくとかそういうことはなかった。
それからは当たり前かもしんないけど、普通の入学式だった。生徒会長が挨拶して、校歌と国家を歌って、ショートホームルームが入学式後にあるからクラスの場所を確認しとけという連絡が行われて、入学式は終わった。
明日から生活するクラスに移動している途中、朱里先輩から「道迷ってない?SHR終わったら正門来てね!わかんなくなったら教えて!」と連絡が来た。流石に教室ぐらいは他の人もいるし分かるんだけどな。朱里先輩の目には俺がそこまでドジに映ってるのかな。
知り合いが居ないか少し辺りを見回しながら教室まで歩いてみたけど、見た感じ同じ中学のやつとか塾が同じだったやつは居ないっぽいな。ま、別にいいけど。
ショートホームルームは担任の自己紹介と明日からの登校時間と持ち物が書かれたプリントを配って終了した。今日は早く帰らないと行けないことになっているから、大半の生徒は周りにいる人に声をかけたりすることなく正門に向かっている。俺は朱里先輩に「今終わりました」とメールだけ送って他の人たちと同じように正門に向かう。
腕時計を見ると、時間はもう八時半すぎだった。
ちなみに今日は陽明高校の入学式。俺の入学する学校の入学式。始まる時間は、八時半。
そして、現在の時刻は八時三十二分⋯
どれだけ急いでももう、間に合わない。
「どうしよ⋯。入学式休む訳にもいかないしな⋯」
降りる駅まであと二駅。陽明高校は駅からちょっと遠いから、今からどれだけ急いでも十分ちょっとはかかっちゃう。
「それならもう、大胆に遅刻するか。そっちの方が言い訳もしやすいし」
陽明高校のある周辺は海に囲まれていて、田舎って感じの場所。だけど、交通の便も悪くないし、進学実績もまあまあ良いし、自由な校風で結構人気。
「久しぶりに砂浜行くかー」
海が好きだ。起こっていたことを全て忘れられさって、悲しいことも辛いことも全部なかったことにできる。
どのくらい居よう。この時間をどれだけ続けよう。この、『全部なかったこと』にできる時間を。
「君っ!うちの学校の子?新入生?」
周りを見渡す限り、人なんて俺以外居ないから、きっと俺のことなんだろうと声のもとへと振り返る。
「陽明高校の子だよね?新入生。名前は?」
「涼海咲夜、です」
「良かったぁ。君以外の新入生の子はもう入学式やってるから。途中からになっちゃうけど、来れる?」
「ああ、はい。分かりました」
「あ、大丈夫?ここに居る理由って体調悪いとかだった?そしたら全然休んでからでもいいんだけど⋯」
「ちょっと道に迷っちゃって!なんで、大丈夫ですよ」
駅から高校まで迷いようがない真っ直ぐな道だけど⋯
「そっかそっか。こっち逆方面だからそりゃわかんなくなるよねー!俺についておいで!」
「ありがとう、ございます。すいません。迷惑かけちゃって」
「迷惑なんかじゃないよ!入学式なのに遅れちゃって焦ったでしょ?」
「⋯まあ、少しは」
「お、強いねー。俺こういうの焦っちゃう人だわ」
「そういえば、先輩って名前⋯」
「あっ、言ってなかったね。陽明高校二年生、梅宮朱里だよ!」
二年生だったんだ。確かに、ネクタイの色が藍色。気づかなかったや。
梅宮先輩、優しい人だな。普通入学式遅れてんのに、あんなゆっくりしてる人のこと怒るはず。わざわざ探しに来てくれたのに怒らないとか心広すぎ。
「涼海くん、駅からこっち方面に真っ直ぐ行けば着くよ!慣れれば絶対迷わないから早めに覚えちゃいな!」
「ほんとにありがとうございます。あと、俺のことは咲夜でいいです。涼海って呼ばれるの慣れてないんで⋯」
「わかった。じゃあ咲夜くんって呼べばいい?」
「そこは梅宮先輩の好きでいいですよ」
「俺も咲夜って呼ぶからさ、咲夜くんも朱羽でいいよ」
「朱里先輩。でいいですか⋯?」
「もちろん。好きに呼んで!」
パッと明るく咲く笑顔。俺とは違う世界に住む人だと思った。愛想笑いでも作り笑いでもない、本当の笑顔。俺はもう忘れてしまったもの。
「もーちょっとで着くよ!うちめっちゃグラウンド広いんだよー!入学式はね第一ホールでやってるからね、校内ちょっと歩いちゃうんだけど。もしかしたら駅から高校より、こっちのが分かりにくいかも」
「そうなんですか。俺、方向音痴だから教室まで辿り着けないかもなー」
「そしたら俺が覚えるまで連れて行ってあげる!」
「それ、一年くらい続いちゃいますよ。ほんと俺、物覚え悪いから」
「じゃあ、一年間一緒に登校できちゃうね!」
本当に優しいと思う。俺なんかと一緒にいたら、この人をきっと汚してしまう。あの、花のような笑顔を見れなくなってしまう。
恋に近いような不思議な感情を抱きながら、優しく微笑む朱里先輩のことを見つめる。
「ここ!第一ホール!参加するのは咲夜くんだけでいいんだよね?ご両親とか親族の方とか来てない?」
「来てないですよ。母が体調を崩してしまって」
俺ん家の母さんが俺のために入学式に来てくれるわけない。今日入学式に遅れたのも母さんのせいなんだから。
「わ、残念だね。じゃあ今日は午後暇?」
「暇ですよ。どうかしましたか?」
「じゃあさ、ちょっと時間くれない?」
「いいですよ!えと、どこで待ち合わせ⋯」
「終わったら正門のとこで待ってるよ!あ、でもやっぱちょっと心配だから連絡先繋いどこっか」
やわらかふんわりスマイルを浮かべた彼を、ほんの数秒見つめて俺のお得意、普通の人には見抜けない愛想笑いを作る。
愛想笑いって本心から笑ってなくて失礼だって言われたりするけど、気がついたら愛想笑いしかできなくなってるだけなんだっていうことを知っている自分は寂しい人間なんだろうか。
「そうですね。俺の連絡先は―」
「おっけー!じゃあ終わったら連絡するね。入学式、楽しんで」
「ありがとうございます。また後で」
そう言って一度別れる。俺は新入生たちがいる列に、朱里先輩は先生であろう人の近くに駆け寄って行った。
時計を見てみると思ったより時間は経ってなくて、九時過ぎを指していて、校長の挨拶の途中だった。
入学式に遅れた俺に対して、何人かの生徒に「なんだアイツは」みたいな目で見られたけど、入学式だからかザワつくとかそういうことはなかった。
それからは当たり前かもしんないけど、普通の入学式だった。生徒会長が挨拶して、校歌と国家を歌って、ショートホームルームが入学式後にあるからクラスの場所を確認しとけという連絡が行われて、入学式は終わった。
明日から生活するクラスに移動している途中、朱里先輩から「道迷ってない?SHR終わったら正門来てね!わかんなくなったら教えて!」と連絡が来た。流石に教室ぐらいは他の人もいるし分かるんだけどな。朱里先輩の目には俺がそこまでドジに映ってるのかな。
知り合いが居ないか少し辺りを見回しながら教室まで歩いてみたけど、見た感じ同じ中学のやつとか塾が同じだったやつは居ないっぽいな。ま、別にいいけど。
ショートホームルームは担任の自己紹介と明日からの登校時間と持ち物が書かれたプリントを配って終了した。今日は早く帰らないと行けないことになっているから、大半の生徒は周りにいる人に声をかけたりすることなく正門に向かっている。俺は朱里先輩に「今終わりました」とメールだけ送って他の人たちと同じように正門に向かう。