小宇都は早足で喧騒を抜け、静まり返った宿舎へと足を踏み入れる。
人気のない宿舎に足音を響かせて進み、とある部屋の前で立ち止まった。
「優貴、起きて〜。」
ドアの横にあるチャイムを鳴らした直後、どんどん、と大きな音で本体(ドア)を叩き出す。
「うるさいですよ。迷惑です。」
起き抜けのボサボサとした髪をかき混ぜながら出てきた平野は、眉をひそめて小宇都を見下ろした。寝起きの悪い平野は、不機嫌さを隠そうとすらしていない。
「……で、なんのようです?」
小宇都は平野を頭の天辺から足の爪先まで眺め、無表情で口を開く。
「40秒で支度してくれないか?」
「無茶言わないでください。僕は三次元に実在する人間なので。」
平野は目を閉じ、小さくため息を吐くと、シャワー浴びてきます、と部屋の中に消えた。一人廊下に残された小宇都はホログラフィックディスプレイを開くと、スタート・ア・コール(通信開始)、と呟く。
「はい。リーダー、どうしましたか?」
「秋山。優貴は今起こした。悪いけど、しばらくかかりそうだ。」
ディスプレイの向こう側から、平野によく似たため息が漏れ聞こえてきた。
「わかりました。あ、あと。優貴に、こう伝えといてください。このバカ兄貴、人の時間を浪費するな、と。」
小宇都は喉の奥で笑った。
「ん、わかった。」
通話が切れる。さすが双子だな、と、小宇都はひとりごちた。
数分後、身だしなみを整えた平野がドアから顔をのぞかせる。
「遅い。秋山が、このバカ兄貴、人の時間を浪費するな、だとさ。――全く、君たちは面白すぎるよね。」
額に青筋を浮かべた平野は、行きましょう、と静かに、だが有無を言わせない様子で小宇都の背中を押したのだった。