小宇都は、表情の消えた顔でディスプレイを操作していたが、ふと視線を上げた。次の瞬間、支部長室のドアがノックされる。平野だった。
「外が騒がしいね。何があったんだい?」
「それが……」
相変わらず余裕綽々な笑みを浮かべる小宇都とは対象的に、平野は険しい顔のままだ。つい数時間前のやり取りが思い出される。
「瓦解したおおいぬ座矮小銀河から、恒星が消えていることを確認しました。」
小宇都は、小さく眉をひそめた。
「消えた?どういうことだい?」
「文字通り、影も形もないのです。かといって、消失したとしたら莫大なエネルギーが発生するはずなので、どうなったのかがまるでわからないのです。」
「ふ〜ん。――プル・アウト・インフォメーション(情報引き出し)、おおいぬ座矮小銀河。」
ホログラフィックディスプレイが、更にもう一枚浮かぶ。彼女は何度か指を動かし、操作した。
メイク・パブリック・インフォメーション(情報公開)、No.2。」
先程まで平野には半透明のプレートにしか見えなかったホログラフィックディスプレイは、今は公開されたことで所有者以外も閲覧可能になった。平野が覗き込むと、おおいぬ座矮小銀河の記録映像が高速再生されている様子が見えた。
「――ぁ。」
小宇都は小さく声を上げると、映像を巻き戻し、再生スピードを下げた。
「ここだね。」
特定した部分をスロー再生すれば、恒星は端から黒く塗りつぶされるようにフェードアウトしてゆく様子が見て取れた。小宇都はディスプレイを操作し、映像を切り取る。
「物理的に考えても、消失した可能性はゼロに近い。そして、高輝度赤色新星の出現との間には、僅かなタイムロス。つまり、これは――」
切り取った画像に線や数式を書き込んでゆく。みるみるうちに瞳が輝き、猛烈な勢いで計算し始めた。
「すごい。すごいよ、優貴!これは、世紀の大発見じゃないか?」
興奮したように大声を上げる彼女は、さながら子どものようである。
「これで、ワープホールの存在が証明できる!こんなことって――」
「いくら世紀の大発見といえども、こんなご時世に見向きしてくれる人は、一体どれだけ居るのでしょうね?」
冷めた目をする平野は、淡々とした口調で指摘した。
「……居ないね……。」
「そう、居ませんね。では、今、どうするべきなのでしょうか?」
小宇都は平野をちらりと見てため息を吐く。
「わかってるよ。にしても、優貴。そんなに硬いと、女の子からも人気がないんじゃ――」
「早くしてください。そんなことはどうでもいいので。」
小宇都は二度目のため息を吐いた。
「……わかったよ。まぁ、今回の現象は説明がつく。恒星の場所もね。」
「どこです?」
「そりゃ、優貴。」
小宇都はニヤリと笑う。
「今話題の高輝度赤色新星だよ。僅かな時間の間にワープホール、時間跳躍を経て現在の姿になったのだろうね。もう一つの恒星はどこのものかわからないけど、これは確かだ。形状も、計算上一致している。」
「それで、どうするんです?本部相手に自転を再開させるだなんていう大口を叩いたようですが。」
大口を叩いた、の部分で、小宇都は眉をひそめた。
「大口じゃないよ。できるから、言ったんだ。わたしはリアリスト(現実主義者)だからね。できないことは言わないんだよ。」
「あなたはそう思っていたとしてても、僕には到底想像できませんね、その将来像(計画)とやらを。」
「大丈夫だ、ノープロブレム(なんの問題もない)。そのために、きみの弟も呼んだんだから。」
平野は、目を見開いた。
「弟……瑞貴のことですか?」
小宇都は、目を細める。
「そう、10年前に養子に出された、秋山瑞貴のことで間違いないよ。なにか問題でも?」
「わかってて言ってますよね?」
「なんのことだか。」
小宇都は、肩をすくめてみせた。平野はしばらく彼女を見つめていたが、不意に息を吐きだした。
「まぁいいです。命がかかっている以上、あなたも全力にならざるを得ないでしょうし。」
小宇都は、不本意そうな表情になる。
「何を言うんだ。わたしは、いつだって全力で、本気だよ?」
「どの口がそれを言うんですか。寝言は寝て言ってください。――では。」
平野は、およそ研究員にはふさわしくない、優雅な動きで一礼する。
「僕は、ここで。まだ、仕事もありますからね。計画の方、急ピッチでお願いしますよ?」
ドアを閉じようとしている彼に、小宇都は苦笑をもらしつつ片手を挙げる。
「あぁ、言われなくてもわかってるよ。」
ドアが、パタン、と音を立てる。
小宇都はホログラフィックディスプレイに目を移すと、再び表情を消したのだった。