スタート・ア・コール(通信開始)A、国際天文研究所イギリス本部。」
ホログラフィックディスプレイが浮かんでから数秒後、コール音が途切れた。
「Hello.」
小宇都の挨拶に、英語で言葉が返ってくる。
「はい。こちら、国際天文研究所イギリス本部です。」
「日本支部長、小宇都飛鳥だ。緊急事態につき、至急本部長に繋げてくれ。」
「了解。少々お待ちを。」
プツン、という音がしてから数十秒後、本部長、アルバス・セラーズの声が響いた。
「代わったぞ。アスカ、きみから連絡してくるなんて珍しいな。一体、どうした?」
小宇都は、あの薄い笑みを再び浮かべた。
「高輝度赤色新星についてだよ。」
次の瞬間のアルバスの緊張は、ディスプレイ越しにも伝わってくるほどだった。
「わたしが直々に詳細を計算したところ、爆発まで、あと352日だったよ。途中経過は観測できてないから、実際はもっと早いかもしれないね。」
向こう側の沈黙などものともせず、彼女は続ける。
「で、さ。ここからが本題。」
目の前に浮かぶホログラフィックディスプレイを操作すると、視点が切り替わり、高輝度赤色新星と地球を俯瞰的に映し出した。彼女は、そこにすいすいと線を描き入れてゆく。
「爆発そのものは地球にさして影響を与えない。そのものは、ね。ただ、その余波が問題でね。現状、地球の自転が止まるという結果が出ている。」
「……あぁ?なんだってぇ?」
セラーズの声に、小宇都は小さく息を吐いた。
「幸いにも、自転は二年かけて止まる上、余波の影響の関係で慣性の法則がどうのこうのはあまり関係ないよ。そんなことよりも重要なのは、」
「……ぁ、あぁ、半球は干上がって、もう半球は凍るんだよな。」
掠れた声は、セラーズの動揺を確かに示していた。
「そうそう。で、必然的にわたし達が生きられるスペースってのが限られてくるわけなんだけど、そんな事になったら大問題でしょ?だから、自転を再開させるプロジェクトチームの設立を申請したくてね。」
「自転を再開させるだぁ?おいおい、それ、本気(マジ)で言ってるんか?」
セラーズは、裏返った、素っ頓狂な声を上げた。彼の声の大きさに思わず顔をしかめた他は落ち着き払っている小宇都とは対象的である。
「もちろん。そうしないと、生きてけないでしょ?」
「俺が言ってるのはそんなくだらないことじゃなくてなぁ、そんな夢物語みたいなことを――」
()()わたしが、夢物語で終わらせるとでも?」
挑発するように、ふっ、と笑った彼女は、眼前の難解な線と数式の書き込まれたディスプレイを閉じた。
「幸いにも、こちらには平野優貴と、彼の弟、秋山(あきやま)瑞貴(みずき)も居ることだしね。存分に暴れさせてもらうよ。」
「……は?」
呆気にとられたようなセラーズの声が聞こえたが、小宇都はそれを無視して続ける。
「じゃぁ、アルバス。プロジェクトチームの申請受理の方、頼んだよ。わたしはちゃんと言ったからね。よろしく。ありがと、バイ。」
「――ちょ、おい、待て、アス――」
キャンセル・ア・コール(通信取り消し)A。」
焦ったようなセラーズの声は瞬時に消えた。
「さて、やろうか。」
彼女は秋山へと繋げるために、ディスプレイを操作するのだった。