翔と冬馬は、手を繋いで寮への道を歩いていた。翔は隣を歩く冬馬の横顔を見る。紺のダッフルコートが、本当によく似合っている。自分のセンスは正しかったと自画自賛するが、今はそんなことを考えている場合ではない。
坂の上に赤銅色の校舎が見える。間もなく寮に着いてしまう。その前にどうしても、冬馬に伝えておきたいことがあった。
「冬馬」
翔が足を止めると、冬馬も立ち止まって翔を見上げた。
「ん?」
大きな瞳に見詰められると、それだけで心臓が悲鳴を上げそうだ。初めて逢った時、この整った眉宇に、深く皺が刻まれていた。思えば出逢った瞬間から、心を奪われていたのかもしれない。この綺麗な少年が笑ってくれたら、どんなにか美しいだろうと――。
手袋越しに、冬馬の温もりが伝わってくるような気がした。翔は軽く息を吐いてから、こう切り出した。
「『バーチャルウォーター』って、知ってる?」
冬馬は小首を傾げる。その仕種がとてもかわいいと思った。
「例えば、百グラムのトウモロコシを生産するのに、灌漑用水としてどれだけの水が必要なのか――。そういうバーチャルな水を想像する考え方なんだ。百グラムのトウモロコシには、実に百八十リットルの水が、必要なんだそうだ」
翔の意図がわからず、冬馬はきょとんとしている。
「だからさ――」
翔は言葉に、力を込めた。
「百グラムのトウモロコシに、膨大な水が使われているように、俺たちが、今、ここに、こうしていられるのは、見えない何かのおかげなんだよ」
翔は昨夜、冬馬の父親の言葉を聞いていて、以前高峰が自分に伝えようとしていたことが、やっとわかったような気がした。
「今まで、色々あったけどさ」
翔は空いている方の手で、冬馬の頭を撫でる。
「俺たちは、いろんな人に祈られ、幸せを願われてきたから、今、こうして、ここにいるんだよ。俺も、おまえも――」
翔は冬馬を自分の胸に引き寄せた。
「俺も、冬馬の幸せを、願ってるよ……」
翔の腕の中で、冬馬の頬が紅く染まっている。
「……なんか……プロポーズみたい……」
ぽつりと呟かれた言葉に、翔は応える。
「俺は、そのつもりだけど?」
「え!?」
冬馬が驚いて顔を上げる。至近距離で視線がぶつかった。
「まあ、もう、保護者公認だし」
照れて視線を逸らす冬馬を、翔は愛おしげに抱き締める。
「……え!?」
予想外だったのだろう。腕の中で冬馬が動揺している。
「冬馬のお父さんに、よろしくお願いされちゃったんだ……」
「……」
冬馬は声もでないようだ。
「で、返事は?」
坂の上に赤銅色の校舎が見える。間もなく寮に着いてしまう。その前にどうしても、冬馬に伝えておきたいことがあった。
「冬馬」
翔が足を止めると、冬馬も立ち止まって翔を見上げた。
「ん?」
大きな瞳に見詰められると、それだけで心臓が悲鳴を上げそうだ。初めて逢った時、この整った眉宇に、深く皺が刻まれていた。思えば出逢った瞬間から、心を奪われていたのかもしれない。この綺麗な少年が笑ってくれたら、どんなにか美しいだろうと――。
手袋越しに、冬馬の温もりが伝わってくるような気がした。翔は軽く息を吐いてから、こう切り出した。
「『バーチャルウォーター』って、知ってる?」
冬馬は小首を傾げる。その仕種がとてもかわいいと思った。
「例えば、百グラムのトウモロコシを生産するのに、灌漑用水としてどれだけの水が必要なのか――。そういうバーチャルな水を想像する考え方なんだ。百グラムのトウモロコシには、実に百八十リットルの水が、必要なんだそうだ」
翔の意図がわからず、冬馬はきょとんとしている。
「だからさ――」
翔は言葉に、力を込めた。
「百グラムのトウモロコシに、膨大な水が使われているように、俺たちが、今、ここに、こうしていられるのは、見えない何かのおかげなんだよ」
翔は昨夜、冬馬の父親の言葉を聞いていて、以前高峰が自分に伝えようとしていたことが、やっとわかったような気がした。
「今まで、色々あったけどさ」
翔は空いている方の手で、冬馬の頭を撫でる。
「俺たちは、いろんな人に祈られ、幸せを願われてきたから、今、こうして、ここにいるんだよ。俺も、おまえも――」
翔は冬馬を自分の胸に引き寄せた。
「俺も、冬馬の幸せを、願ってるよ……」
翔の腕の中で、冬馬の頬が紅く染まっている。
「……なんか……プロポーズみたい……」
ぽつりと呟かれた言葉に、翔は応える。
「俺は、そのつもりだけど?」
「え!?」
冬馬が驚いて顔を上げる。至近距離で視線がぶつかった。
「まあ、もう、保護者公認だし」
照れて視線を逸らす冬馬を、翔は愛おしげに抱き締める。
「……え!?」
予想外だったのだろう。腕の中で冬馬が動揺している。
「冬馬のお父さんに、よろしくお願いされちゃったんだ……」
「……」
冬馬は声もでないようだ。
「で、返事は?」