「座りましょう」
 翼が徹の背中を押して、奥に連れていった。
 全員が席につき、準備が整った。翼は徹の面倒を見るために、徹のすぐそばに陣取っていた。
「すみませんね」
 父が翼に向かって謝罪する。
「いいえ」
 翼が笑顔で応える。このような場面を見るのは初めてだったが、兄の翼は楽しそうに見えた。
「それでは、改めて」
 父が向かいに座った冬馬に、慈しむような眼差しを向ける。とても穏やかな声だった。
「冬馬。誕生日おめでとう」
「おめでとう」
 父の後に、翔たちの声が重なる。
「……ありがとう……」
 冬馬は恥ずかしそうに身を縮めながら頬を赤らめている。それでも、嬉しそうだった。
「さあ。食べよう」
 父の呼び掛けにより、食事が始まった。
 冬馬の誕生日を祝う家族の団欒に、何故か自分と兄まで参加している。あろうことか冬馬の兄に、花を渡している場面を目撃されてしまった。そして徹は今、泣きながら飲み食いしている。その徹の相手を、何故か自分の兄である翼がしている――。
「なんなんだ!? この状況は?」と、翔は心の底から思った。けれども隣にいる冬馬が楽しそうにしているので、不思議なもので、まあいいのかと思えてくる。

 皆で誕生日ケーキを食べ終えた頃、父が冬馬に風呂に入るようにと勧めた。
「え? でも……」
 翔を残していくことに抵抗を感じたのか、冬馬は翔の方を見る。
「いいから。行っといで」
 小声で言うと、冬馬は軽く頷いてダイニングから出て行った。とうとうこの時が来たのかと、翔は居住まいを正す。雰囲気を察したのだろう。ソファーのところで飲んでいた徹と翼の話声も聞こえなくなった。
「翔くん」
 冬馬の父親が、改めて翔に向き直った。
「はい」
 姿勢を正して、翔は返事をする。テーブルの中央には、徹が買ってきて、父が活けたマーガレットの花瓶があった。
「あなたも知っていると思いますが、冬馬は十六年前、生まれた次の日に橋の上に置き去りにされました」
 父親は静かに話し始めた。
「私は、弟夫婦を救えなかったことを、今でも後悔しています」
 遠い目をして悲しみを絞り出すように、父は言った。徹の啜り泣きが聞こえてくる。
「どうぞ」
 翼がティッシュ箱を差し出したようだ。
「……ありがとうございます……」
 徹が鼻をかむ音が静かな室内に響く。
「弟夫婦は、冬馬を道連れにはしませんでした。凍える橋の上に置き去りにしながらも、あの子は願われたはずです。せめて……せめてこの子だけは生きて……生き抜いて、幸せな人生を歩んでほしいと――」