川岸に降りる土手が見えてくる頃には、雨音に混じって、ボールをコンクリートに打ち付ける音が聞こえてきた。翔の思った通り、後藤はやはりそこにいた。
 階段で河川敷に降りる。雨が当たらない高架下で、後藤が力任せにボールを打ち付けていた。その姿は、中学時代の己の姿を彷彿とさせた――。

 翔は、兄が高校を卒業するまで、祖父母の家に世話になっていた。翼の亡くなった母親の両親であったため、翔とは親戚ですらなかった。けれども、祖父母は翔を愛し、翔の傷付いた心を癒してくれた。
 翔が中学に入学した年、兄が結婚した。そして丁度その頃、祖父母が相次いで亡くなってしまったのだ。
 翔は恐れていた。兄が自分を捨てて、どこかへ行ってしまうのではないかと――。
 内心の葛藤を吐きだす術を知らず、ただ力任せにボールを打った。その結果、肩を壊してしまった。
 今思えば、兄もまた冬馬のように、悪夢にうなされることもあったかもしれない。翼は父母の事故車に同乗していたのだ――。
 翔は実父が亡くなってしまった時のことを覚えていないが、十歳上の翼は、実母が亡くなった時のことも、父母が亡くなった時のことも、記憶しているのだろう。その上、高校の寮に入っている間に、弟が命を落としかけているのだ。
 兄もまた、恐れているのかもしれない。掛け替えのない弟である翔を喪ってしまうことを――。

 翔が近付いて行っても、後藤は気付いていない様子だった。
「それくらいにしておけよ!」
 雨音に負けてしまわないよう、翔が大きめの声を出した。後藤が驚いて振り向く。跳ね返ったボールが転がった。
「……北見沢……」
 後藤は大量の汗をかき、肩で息をしていた。雨に濡れたまま放置していたようで、全身が濡れているように見える。翔は眉宇に皺を刻んだ。
「……何の用だよ?」
 後藤が額の汗を手の甲で拭いながら、声を荒らげた。
「勧誘したことなら、悪かったと思ってるよ! 故障してるなんて、知らなかったんだ!」
 翔の様子から、怒っていると感じたのだろう。後藤は怒鳴りながら弁明している。
「そのことなら、もういいんだよ」
 翔は困ったように後頭部を掻いた。一悶着あったとはいえ、冬馬との初キスのきっかけを作ってくれたのは、他ならぬ後藤だからだ。
「じゃあ……なんなんだよ?」
 後藤は狼狽している。
「やり過ぎだよ。肩、痛むんじゃないか?」
 翔は慎重に切り出した。
「……な!?」
「おまえ、本来アタッカーじゃないだろ?」
「なんだと!?」