「どうして駄目なの? お兄ちゃん、いいって、言ってるのに」
 健悟は食い下がる。
「あたしが教えるわ」
 麻里は冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出した。コップに注いで、一気に飲み干す。
「お兄さんは受験勉強で忙しいのよ!」
 麻里が冬馬を睨みながら言った。確かに冬馬は、高校受験を間近に控えてはいた。
「麻里。あなたも通知表見せなさい」
「はーい」
 麻里が冬馬を再び睨み上げると、千恵子が待つソファーに歩み寄った。さっさと退散しようとしたが、千恵子の声が聞こえてしまった。
「あなたもこの成績じゃあ、『明慶(めいけい)学園』なんて、とても無理よ」
 麻里はまだ中学一年生だが、兄の徹が通っていた有名私立高校に進学するのだと息巻いていた。明慶学園は、偏差値が高いことでもまた有名なのだ。
 冬馬が進路希望届に書いて提出した高校は、近所の公立高校だった。だが、テニス部を引退した後に受けた模試で、冗談で書いた受験先である『明慶学園』は、A判定だった。もちろん公立高校もA判定だったが、今のところ公立一本でいくつもりだった。