翔は改めて兄に電話をして、珠代の手術予定日を聞き出した。七月の中旬だそうだ。
 期末テストの学習週間に入る前に見舞いに行こうと、真面目な冬馬が言った。すっきりした頭で勉強した方が絶対に良いと力説された。反論の余地はないし、できるだけ早い方が良いと翔も思っていたため、七月の初めに放課後見舞いに行くと決めた。もちろん冬馬と一緒だ。
「遅くなる場合は、外出届を提出してくださいね」と言う高峰に従い、あらかじめ外出届を提出して出発した。
 電車に一時間半程乗り、駅から十分程歩いたところに、珠代が入院している総合病院がある。駅から出て並んで歩いていると、頭に水滴が落ちてきた。
「あ」
 冬馬も気付いて、空を見上げる。黒く厚い雲から雨が降ってきた。余裕がなくて忘れていたが、今は梅雨だった。
「俺、傘あるよ」
 冬馬が鞄から折り畳み傘を出した。傘を開き、差し掛けてくれた。
 感極まって、泣きたくなった。泣き顔で病床の叔母に会うわけにはいかない。翔は慌てて涙を拭う。思い出すまいとしても、無意識に傷付いた記憶が頭をもたげる。背中や、体中の傷口が疼きだす――。
 痛みと悲しみで胸がつぶれそうになっていたのに、今は別の意味で胸がつまっている。雨が降ってきてくれたことが有り難かった。病院に向かう道は、人通りが多い。相傘をしていれば、くっついていても不自然ではないだろう。
 翔よりも十センチ程背が低い冬馬は、腕を伸ばして傘を持ち上げていた。
「俺が持つよ」
 自然に笑みがこぼれる。翔は冬馬から傘を受け取った。折り畳み傘であるため、普通の傘よりは直径が狭い。二人で寄り添うように歩いた。翔は冬馬が濡れてしまわないように、気付かれない程度に冬馬の方に傘をずらしていた。
 病院の入口に到着する。突然の雨のため、同じように折り畳み傘を鞄に収納しようしている人たちが他にもいた。
「……翔……」
 冬馬が驚いていた。「しまった」と思ってももう遅い。冬馬は、翔の体の左側だけが濡れていることに気付いてしまった。こういうことは気付かれずにやる方がスマートなのに。
「じっとしてて」
 何から何まで準備が良い冬馬は、鞄からタオルを取り出すと水滴を丁寧に拭いてくれた。「まずいな……」と翔は思う。叔母に会う前に、別の意味で緊張が高まりそうだ。冬馬が剥き出しの左腕に触れる。触れられた箇所が、熱い――。
「……ありがとう……」
 絞り出すように礼を言った。冬馬も照れているようで、「こちらこそ」と聞こえた。
 総合受付で病室を聞きだし、エレベーターで三階に行く。ナースステーションの右隣の六床の病室、ここに叔母がいる。