徹は冬馬の表情を見て満足げに頷いた後、スーツの内ポケットから封筒を取り出した。
「それから、これ」
「――え?」
 中には、お金が入っているようだ。
「それじゃあ、寒いだろ?」
 徹の視線の先には、冬馬の薄手のコートがあった。風を通さない素材ではあったが、春先か初秋の頃に丁度良い厚さだった。昨年まで着ていた冬のコートは、急に背が伸びて着られなくなっていた。
「俺が着てたやつがどっかにあるだろうけど、お母さんは捜す気ないだろうし……」
 徹が手を伸ばす。翔に借りたニット帽越しに、慈しむように冬馬の頭に触れた。
「俺が新しいの買ってやろうと思ったんだけど、サイズがわかんなくてさ。これで、新しいの買ってくれ」
 徹は冬馬に封筒を握らせた。
「でも……」
 冬馬が受け取ることを躊躇すると、徹は微笑みを浮かべて言う。
「俺からの、クリスマスプレゼントだよ。ケーキは誕生日のだから」
「ありがとう。お兄ちゃん」
 冬馬が笑顔で言うと、徹も嬉しそうに微笑んだ。
 徹は腕時計を確認すると、そそくさとリビングに行った。コートを羽織って、鞄を手に廊下に戻ってきた。
「帰っちゃうの?」
 冬馬が名残惜しそうに言うと、つられて徹も残念そうに顔を歪める。
「ああ。仕事で近くまで来たついでに寄ったんだ。会社に戻るよ。でも、会えて良かった」
 靴を履き、徹はドアに手をかけた。
「二十八日の夜には、お父さんと一緒に帰って来るよ。じゃあな」
「うん。ありがとう」
 冬馬の言葉に応えるように軽く片手を上げ、兄はドアを開けて出て行った。

 リビングに行くと、二十四歳の息子がいるようにはとても見えない若々しい母の千恵子(ちえこ)が、顔をしかめてソファーに座っていた。隣には、健悟が母の表情を窺うように座っている。千恵子の手には、健悟の通知表が握られていた。
「そう。良かったわね」
「ケーキ、テーブルに置くよ」
「ええ」
 千恵子はまだ通知表に視線を落したままだ。そして、ぼそっと呟いた。
「『がんばりましょう』が多過ぎるわ」
 途端に健悟の表情が曇った。
「ごめんなさい~。三学期はもっと頑張るからー」
「算数の文章問題が苦手なのね。あと、国語も」
 千恵子は担任が書いた文章を読んでいるようだ。
「お兄ちゃん! 冬休み、勉強教えてー!」
 助けを求めるように、健悟は冬馬を涙目で見詰めた。
「うん。いいよ」
「駄目よ!」
 冬馬が笑顔で応えると、間髪を入れずに妹の麻里(まり)が反論した。
「あら。お帰りなさい」
 千恵子が顔を上げて麻里を見る。
「ただいま」