ふわりと、冬馬の香りが広がった。左手で頭を愛撫されている。そのまま、冬馬の左手は翔の背に移動した。一瞬の躊躇いを経て、背中に左手が置かれた。慈しむようにさすられる。背中の火傷が十年近い時を経て、癒えていくように感じられた。切なさに、胸がつまる。
「……俺と兄ちゃんは……血の繋がりはないんだ……」
 冬馬が微かに息を呑んだ。背中をさすっていた手が止まる。
「俺の父さんは、顔も覚えてないけど、物心つく前に、病気で死んだらしい。俺の母さんと、兄ちゃんのお父さんが再婚したんだよ。俺たちは、連れ子同士だ」
 どうしてこんなに淡々と喋っているんだろう。翔は自分自身に驚いていた。まるで他人事のようだ。
 不意に、左肩を掴む冬馬の手に、力が込められたように感じた。
「辛かったね」
 ただ一言、冬馬はそう言った。熱いものが込み上げてきた。同じ痛みを感じたことのある冬馬に、ぴったりと寄り添ってもらったような気がした。
「事故が起こったのは、再婚した直後だった……!」
 激しく噎びながら、堰を切ったように苦しみを吐き出しいく。
「お父さんと……母さんが死んだんだ!」
 体の向きを変え、冬馬の首元に腕を回した。体を密着させしがみ付く。華奢な冬馬の体は大きく揺れたが、それでもしっかりと翔を抱き留めてくれた。
「……俺たちは、兄ちゃんの親戚に引き取られた……。それでも、兄ちゃんがいた時はまだ良かった……。兄ちゃんが帝仁に入ってから、俺には地獄が始まったんだ……!」
 翔は声を上げて泣いた。冬馬のTシャツは、翔の涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。けれども、冬馬は気に留める様子もなく、翔の背中をさすってくれていた。
 おそらく冬馬にはもう、わかってしまったのだろう。翔が北見沢家本家で、どのような扱いを受けてきたかを――。衣替えを迎え、制服も部屋着も半袖になった。翔の前腕部の小さな火傷の跡にも、冬馬はとうに気付いている。
「珠代叔母さんがいなけりゃ、俺は死んでたかもしれないんだ……」
 胸元にしがみ付き、涙でぐしゃぐしゃになった顔で冬馬を見上げる。冬馬は翔の感情に同調するように、美しい眉の間に皺を刻んでいた。
 背中に、焼け付くような痛みが蘇る。冬馬の手が火傷に触れた。痛みが和らいでいくのと同時に、珠代の顔と力強い声が蘇った。
 ――大丈夫よ! 救急車呼んだから、もう大丈夫!
 服が貼りついたままの背に、珠代が流水をかけ続けてくれていた。六歳の翔にとって、致命傷とならずに済んだのは、看護の心得がある珠代のおかげだった。