冬馬は昼過ぎには、無事に寮に戻ってきた。
「今度からは、事前に外泊届を提出してください」
「はい。以後、気を付けます」
 窓口で高峰に釘を刺され、冬馬は殊勝に頭を下げた。高峰は冬馬に用紙を渡して、届け出の書き方を説明している。翔はその二人の様子を眺めながら、心ここに在らずだった。今朝、翼に告げられたことで頭が一杯で、他のことは何も考えられなかった。
 その夜、翔はやはり眠れずに、上体を起こしてベッドの上で頭を抱えていた。
「……いい加減にしてくれよ……」
 静かな室内に、言外に相当な怒りを含んだ声が放たれた。それが、冬馬から発せられたものだと気付くのに、数秒を要した。冬馬にしては語気が荒い。
 冬馬がむくりと上体を起こす。ベッドから降りて、翔のベッド脇まで足早にやって来た。荒々しく、胸倉を掴まれる。
「俺の時は……初対面からずかずか懐に飛び込んできたくせに! 自分のことになると、何も言わない! 何もさせてくれない! もう……うんざりだ!」
 両足が宙に浮く。両肩に体重をかけられ、押し倒されたようだ。細いのに冬馬は見かけより力が強い。あんなにえげつないスマッシュを決めるくらいだから、腕力はあるのだろうと、頭の片隅の冷静な部分で思っていた。
 眼前の冬馬の双眸が、大きく揺れる。
「……好きなんだ……」
 大粒の涙と共に、初めての告白が落ちてきた。
「一人で……苦しまないでよ……」
 シャツの襟ぐりを握られ、胸に泣き縋られた。
 翔の口から嗚咽が漏れる。心の深淵から、温かいものが込み上げてきた。嬉しかった。もう誰も、自分のことなど本気で怒ってはくれないと思っていた。兄や姉も気遣ってくれているのはわかっていたが、本気で向き合ってくれているようには思えなかった。そのことが、胸がつぶれる程寂しかった。どうしようもなく、寂しかったのだ。
「……翔……」
 撫でるように、短い髪を梳かれる。慈しむような、冬馬の視線に包まれる。冬馬の長く細い指が翔の頬に触れ、涙を拭う。顔のすぐ横に、冬馬の細い腕が突かれる。冬馬の上体が右腕で支えられ、ベッドが軋んだ音を立てる。冬馬の、頬をうっすらと赤く染めた顔が間近に迫り、目元に口付けをされた。冬馬の赤い唇が、頬の涙の通り道を伝うように移動する。しばし見詰め合い、翔は了承の意味で目を閉じた。唇をやわく食むように塞がれる。冬馬からの、初めてのキスだった。
 冬馬が唇を離すと、翔は両手で顔を覆った。顔が熱い。
「……翔?」