翔は流れる涙を拭おうともせず、泣き続けた。嗚咽が漏れる。やがて泣き疲れて浅い眠りにつくまで、翔はひとしきり、流れるままに涙を流した。

 翌朝、土曜日のため清掃はないが、平日と同じ時間に目覚めてしまった。体がだるく、身支度を整える気にもならない。しばらくベッドの上で横になっていると、遠慮がちに部屋の扉がノックされた。
「――はい」
 掠れた声で返事をする。
「高峰です。翔くん、起きてましたか?」
 上体をゆっくりと起こし、翔は戸口に移動した。内鍵を開き、ドアを開ける。高峰は翔の顔を見るなり、わずかに眉根を寄せた。きっと自分は、ひどい顔をしているのだろう。けれども高峰は、すぐに表情を和らげた。
「翼くんがお見えです」
「……え?」
 あまりにも突然のことで、反応が遅れた。
「顔を洗って、支度をしたら、寮監室に来てください。待っています」
 高峰は笑顔でそう言い、寮監室に戻っていった。
 兄が寮に尋ねてくるなんて。始発で来たのだろうか。目覚まし時計で時刻を確認する。まだ、七時半を少し回ったところだった。

 高峰が寮監室に戻ると、北見沢翼は出された湯呑みを持ったまま硬直していた。
「翔くん、起きてましたよ。もうすぐ来ます」
「……そうですか……」
 翼は物憂げな表情で、湯呑みを口に運ぶ。
「もう一杯どうですか?」
 高峰が炊事スペースから急須を持ってやって来て、翼の向かいのソファーに腰を下ろした。
「ありがとうございます」
「今、ほうじ茶に凝ってましてね」
 高峰はそう言いながら、翼の湯呑みにほうじ茶を注ぐ。翼は湯呑みに口を付ける。ほうじ茶の芳ばしい香りが、鼻腔に届いた。
「翔くん、病院に通っているようですよ」
 翼は湯呑みを持ったまま、目を見開いた。
「……そうですか! 良かった……」
 安堵の吐息を漏らした。
「木下くんの言うことは、よく聞くようです」
 高峰は冗談めかしてそう言った。翼はほうじ茶を飲み干し、湯呑みをテーブルに置いた。
「……本当に、良かった……」
 翼は自嘲の笑みを浮かべる。
「翔に、帝仁に入りたいと言われた時、僕は正直、ショックを受けました」
 翼は視線を下に向けたまま、高峰と目を合わせようとはしない。高峰はそんな彼の様子を見守っていた。
「今まで僕が……良かれと思ってやってきたことは全て間違っていたのかと……築いてきた足場が……音を立てて崩れていくように感じました」
 翼はそこまで言うと、視線を上げて慌てて言った。
「すみません。先生にこんな話……」