高校生活最初の難関である中間テストは、冬馬の特訓のおかげで全科目において赤点を回避できた。
「翔はやればできるんだから、ちゃんと勉強してれば、平均点ぐらいは取れるって」
 冬馬はそう言いながら、山張りをしてくれた。中学生になって以来、初めて定期テストで平均点を上回る快挙だった。自分でも驚いて、兄に電話してしまった程だ。
 翔は窓辺に座り込み、大嫌いなはずの夏の始めの夜空を見上げていた。琴座のベガ、鷲座のアルタイル、白鳥座のデネブ――夏の大三角が東の空できらめいている。
 翔は後ろを向いて冬馬の寝顔を見た。冬馬は綺麗な顔をこちらに向けて、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
 翔は冬馬に、何も話せていない。このところ翔の様子がおかしいことは、冬馬も気付いているだろう。気付いていながら、彼は何も聞こうとしない。冬馬の優しさに、ただ甘えているだけだ。癒えていない傷口から、また鮮血が流れ出す。
 再び星を見上げながら、天に請う。涙が込み上げてきた。この窓からは見えないが、南の空にはさそり座が輝いているだろうか。
 願わくは、宮沢賢治の『星めぐりの歌』のように、星座を巡る旅に出たい。冬馬と共に、瞬く星の間を渡り、宇宙の果てへ――。
 赤い目玉のアンタレスを尻目に、広げた鷲の翼に乗る。碧い目玉の小犬や、光の蛇のとぐろを巡る。冬馬と共に、アンドロメダの果てまでも――。
 翔の視線のはるか向こうで、幼き頃の冬馬と翔が仲良く手を繋いで、アンドロメダの星雲の海へと消えていった――。
 背後で物音がした。翔は涙で濡れた顔を強張らせる。怖くて、後ろを振り向けない。静かな足音の後、ユニットバスのドアが開き、再び閉じた。
 翔は溜息をついた。どうやらトイレのようだ。急いで、手の甲で涙を拭う。体の向きを変え、冬馬が出て来るのを待つ。もしかしたら、泣き顔を見られているのかもしれない。
 流水音の後、扉が開く。冬馬が出てきた。自分のベッドの前で立ち止まり、視線が絡み付く。冬馬の顔からは、表情が消えている。彼のこんな顔を見るのは、初めてかもしれない。何と声を掛けていいものか逡巡していると、冬馬は一言も発しないまま向きを変え、自分のベッドに潜り込んだ。
 翔は拍子抜けした。冬馬の反応は予想外だった。寝ぼけていたとは考えにくい。どう思われたんだろうと、冬馬の方を見る。冬馬はこちらに背を向けていた。呼吸するたびに、華奢な肩が上下に動いている。きっと、まだ起きている。
 心に棘のようなものが、刺さってしまったように感じる。けれども今夜はもう、弁解のタイミングを逃してしまった。翔も窓際の自分のベッドに潜り込んだ。