「どこか、痛めてるかもしれないだろう?」
 翔は言い聞かせるように言う。
「すり剥いただけだよ」
 駄々をこねるような口調を、ついかわいいと思ってしまったが、ここは粘らなければならない。
「あんなに派手にすっ転んだんだから、診てもらうに越したことはないよ」
 冬馬の顔が羞恥に歪む。
「……見てたの?」
「ああ」
 翔は右手を動かし、冬馬の柔らかな髪を撫でる。
「ずっと見てたよ」
 冬馬は照れ隠しに唇を尖らせながら、翔の左肩に頭を凭せ掛けてきた。
「……だって……せっかく翔が手当てしてくれたのに……」
 呟くような言葉に、胸がつまる。それは、翔にとっても同じだった。
「そんなの、俺が何度だってしてやるから!」
「……ホントに?」
 うっすらと涙を溜めた双眸が、翔を仰ぎ見た。
「ああ。何度でも」
 見詰め合った視線を、逸らすことができない。冬馬の濡れた瞳が、間近に迫っていた。どちらからともなく、唇を重ねる。
 前の方の座席にちらほらと人がいるだけの、空いたバスの最後部座席で、二度目のキスをした。

 午後の診療時間が始まった直後に、整形外科に到着した。評判が良いと聞いていた通り、既に待合室には数人の患者が順番待ちをしており、けっこうな時間待たされた。
 医者は、冬馬がしてくれたテーピングを見て、適切な処置だと言ってくれた。そのことが、とても誇らしく思えた。
 湿布処置の後、同じ物を処方しておくと医者は事務的に言った。それから予想していた通り、通院するようにと言い渡される。放置していたツケが、今頃になって回って来た気分だった。
 バスから降りて、薄暗くなった帰り道を二人で並んで歩く。処方された外用薬の袋が、冬馬の歩調に合わせて揺れている。すり傷だけでどこも痛めていないとわかり、翔は胸を撫で下ろした。なんだかんだと色々あった一日だったけど、冬馬の怪我が軽いことが救いだった。
 ビニール袋の中の薬袋に視線を落としてから、冬馬が翔を上目遣いで見上げる。
「塗ってくれる?」
 塗り薬のことなのだろう。遠慮がちに、それでいて譲りたくないような、複雑な思いを内包したような聞き方だった。その言い回しに深い意味などないとわかっていながら、翔は意識せずにはいられなかった。
「――もちろん」
 自然に笑えているか自信がなかったが、とびきりの笑顔が返ってきた。
「……俺のは?」
 少し意地の悪い聞き方になってしまったが、冬馬は期待通りに応えてくれた。
「もちろん!」
「貼りっこしようよ」
 熱を孕んだ声で言いながら、冬馬の柔らかな髪をくしゃくしゃに撫でた。ふわりと冬馬のかぐわしい香りが、鼻腔をくすぐる。