「触るよ」
 翔が頷くと、冬馬の右手が翔の右肩に触れた。痛みに、翔はわずかに眉根を寄せる。その様子を見て、しばらく冬馬は医者のように触診をした。それからベッドに腰掛け、思案した後、テープを手に取る。再度ベッドに乗り上げ、慣れた手付きでテーピングをしていく。
「これでどう?」
 翔は軽く肩を回してみた。嘘のように楽になっていた。
「すごい」
 心の底から感心する。
「良かった。でも、応急措置だから、病院行こうよ」
「え……」
 そう言われて、表情を曇らす。冬馬は机にテープと湿布薬を置きに、カーテンの向こうに消えた。すぐに戻って来て、翔の隣に腰を下ろす。
「やっぱり、リハビリ行ってなかったんだね」
「やっぱりって……」
 ばれていたのかと翔は思う。
「愛しの、翔くんのことですから」
 見惚れるような笑顔でそんなことを言われ、顔が一気に熱くなった。
「まあ今のは冗談として」
「……え? 冗談なの?」
 翔の疑問には応えず、冬馬は続ける。
「ちゃんと通院してたら、日常生活に支障がないくらいには……体育で困らない程度には、回復しててほしいっていう希望的観測が混じってるよ」
 冬馬は翔の方を見て、勢いよく顔を背けた。わずかに頬が赤くなっている。
「……目の毒だから、早くそれしまってよ」
『それ』の意味するところを考えて、翔は剥き出しのままになっていた自分の上半身を見下ろす。慌てて体操着を着こんだ。
「家の人に、ちゃんと通院してるか聞かれなかったの?」
 視線を正面に向けたまま、冬馬が落ち着いた声音で言った。
「……聞かれたよ」
 体操着の裾を整え、ジャージに袖を通す。
「聞かれたけど、嘘付いてた」
 もう見ても大丈夫だと判断したのだろう。冬馬が顔を向けてきた。
「昼間は、家に誰もいないから」
 苦笑しながら続きを言った。
 肩を壊したことを知られると、兄は、これ以上ないという程悲壮な顔つきをしていた。
 冬馬は正面を向き、所在無げに脚を前後に動かしていた。痛くないのかと、少々心配になる。
「そうだよね。夕方家に帰ってきて、『ちゃんと病院行ったか?』って聞いて、『行った』って言われたら、信じるしか、ないものね」
 冬馬の澄んだ瞳が、翔を見据える。良心がちくりと痛んだような気がした。もしかしたら、自分は気付かないうちに、兄にひどいことをしてきたんじゃないだろうかと――。
 チャイムが鳴り、六時限目の終了を告げる。冬馬は立ち上がった。
「教室戻ろう」
「……うん」
 胸に微かな痛みを残したまま、翔は保健室を後にした。