「ああ」
 翔は素直に同意した。
「なあ。ちょっとだけ、本気出していいか?」
 城崎がボールを打ち返しながら言う。
「えー? 素人相手に、本気出さないでよ」
 冬馬もボールを打ち返す。
「ばーか! どこが素人だ!」
 城崎は少し怒ったような声を出した。確かにブランクがあるにしても、冬馬は全国に行った経験があるのだから、謙遜を通り越して嫌味に聞こえるかもしれない。
「半分ぐらいの力でやるから!」
 城崎がなおも食い下がる。
「わかった。その代わりこっちも、本気出させてもらうよ!」
 ――おいおい……。大丈夫かよ……。
 どこか痛めないだろうかと、翔の心配をよそに二人は楽しそうに笑っていた。
 城崎のスマッシュが、コートの右側に打ち込まれる。左側にいたはずの冬馬は、既に右側に移動していた。冬馬の鋭いスマッシュが、城崎の傍らを駆け抜けた。寺坂が息を呑んでいる。
 ところがスマッシュを決めた直後、足の踏ん張りが利かず、冬馬は砂塵を巻き上げ、地面に転がっていた。翔の顔から血の気が引いていく。
「筋肉落ちてる……」
 痛いはずなのに、冬馬は上体を起こしながら、冷静にそんなことを言っていた。
「大丈夫か?」
 教師と城崎が冬馬に駆け寄る。城崎は、「参った」という表情を浮かべていた。
「だから、無理はするなと言ったのに」
「先生、今それ言ったって、しょうがないでしょ?」
 城崎が尤もなことを言った。地面に座った状態の冬馬の両膝は血が滲み、砂が付いていた。
「見事だな」
 先程よりも声のトーンを上げて、寺坂が言う。
「どこに打ち返したら、相手が打てねぇーか、木下には、瞬間的にわかっちまうんだな。ホント、テニス部に入ってくれねぇーかなー」
 後半はひとり言のようだった。
「ほら。今すぐ駆け寄りたいだろうけど、順番あるんだから、はよ打ち返せよ」
「ああ」
 少し引っかかることを言われた気がしたが、気にせず翔は応じる。
「行くぞー」
 寺坂の手からボールが放たれた。打ち返すために右腕を引いた瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。
「――うっ!」
 ラケットが手から落ちる。あまりの痛みに、その場に蹲った。ボールが翔の横をすり抜け、フェンスに当たった。
「おい! どうした 大丈夫か!?」
 寺坂が血相を変えた。隣のコートにいた教師も、走り寄ってくる。
「肩が痛むのか?」
 翔は右肩を左手で抑えたまま、無言で頷いた。
「――やっぱり、完治なんかしてなかったんだな」
 予想通りだと言わんばかりの声に、翔は顔を上げる。次の瞬間、翔は悋気を起こした。城崎が冬馬に肩を貸しながら、こちらに歩いてきていたのだ。翔の表情の変化には、城崎は絶対に気付いている。けれども悪びれる様子もなく、翔のすぐそばまで冬馬を連れてきた。