六限目、本日最後の授業は体育だ。自前のラケットを持って、城崎は待ちきれない様子でテニスコートへ急ぐ。
「寺坂! 準備手伝ってくれ!」
「あいよー」
 寺坂も自前のラケットを持って、城崎の後に続く。一年一組のテニス部員は、城崎と寺坂だけだ。
 翔は、隣を歩く冬馬の様子が気になっていた。
「なんか、元気ない?」
「いや……別に」
 冬馬は先程から、口数が少ない。
「……ただ、城崎の異常なテンションが気になる」
 冬馬の視線の先には、ネットを調節している城崎の姿があった。
「あー。確かに」
 城崎は冬馬と打ち合えるかもしれないことが、楽しみで仕方ないのだ。
「もう……一年近く……ラケット握ってないのに……」
 冬馬が俯き加減で呟いた。その横顔は、どこか寂しそうに見える。
「後輩に……指導とか頼まれなかったの?」
「秋頃まではあったけど、自分では打たなかったよ」
「……そうか……」
 それ以上言葉が続かなかった。故障した自分には、何も言う資格はないような気がした。
「そういえば……」
 思い出したように、冬馬が顔を上げる。
「肩、大丈夫なの? テニスって、けっこう肩使うけど」
「あー。多分大丈夫だよ」
 翔は笑顔を作った。だが、その笑顔が逆に冬馬を不安がらせる。
「本当に? 痛かったら、先生に言いなよ?」
「ああ。わかった」
 チャイムが鳴り響き、六限目が始まった。間もなく中年にさしかかるサッカー部顧問の体育教師が、よく通る声で発声した。
「整列!」
 準備体操とランニングの後、体育教師が生徒を見回しながら言った。
「先週言ったように、今日からテニスをする。テニス部員は……」
 授業で使用するラケットとボールの籠を、丁度城崎と寺坂が運んできたところだった。
「城崎と寺坂だけか」
「先生! 木下も経験者です!」
 城崎が声を張り上げる。あまりの声量に、間近にいた寺坂が顔をしかめる。
「そうなのか?」
 確認してきた教師に、冬馬はしぶしぶ頷いた。
「……はい。でも中学までしかやってま――」
 冬馬が言い終わらないうちに、城崎がまた大声を出した。
「先生! 木下は去年の、中学生県下ナンバーワンテニスプレイヤーです!」
 情熱溢れる城崎の瞳は、きらきらと光り輝いていた。
「……そうなのか?」
 城崎の勢いに気圧されながら、教師が冬馬に確認する。
「そんな……」
 謙遜する冬馬に、城崎が重ねて言う。
「県大会で優勝したんだから、ナンバーワンだよ! もっと胸を張れ!」
 教師の視線が、冬馬に注がれる。
「――はい。そうです」
 不承不承、冬馬は認めた。