「それでは、遅くならないうちに休んでください」
 ベッドの上に座ったままの冬馬にも呼び掛け、高峰はドアの向こうへ消える。
「はい。おやすみなさい」
 廊下に顔を出し、翔は高峰の後ろ姿を見送った。
 翔はコンビニの袋の中身をローテーブルに広げる。サンドイッチとサラダとウーロン茶だった。
「冬馬。夕飯まだだったんだな? おいで」
 愛情を込めて言うと、冬馬は頬を赤らめた。
「……うん」
 素直に翔の隣に、腰を下ろした。
 翔は冬馬が食事をする姿を、頬杖をつきながら見守っていた。
「そんなに見られると……食べにくいんだけど……」
 そう言いながら、冬馬は満更でもないようだ。
「あ」
 翔の長く武骨な指が、冬馬の口元に伸びる。冬馬は驚いて硬く目を閉じる。
「付いてた」
 翔の指先に、先程冬馬が頬張っていたサンドイッチのツナがあった。
「なんだ……」
 大きな瞳がさらに大きく見開かれ、溜息と同時に冬馬が言った。
 翔はしばらく、指に付いたツナを見詰めていた。おもむろに自分の口元に持っていき、舌を伸ばして指先を舐める。冬馬は息を呑んだ。サラダを片手に、箸を持ったまま動けずにいる。
 翔はティッシュペーパーを一枚引き抜き、指先を拭く。ゴミ箱に丸めたティッシュペーパーを投げ入れた。向き直ると、冬馬はまだ頬をうっすらと染めたまま、静止していた。ねっとりと、視線が絡み付く。翔は生唾を呑み込んだ。
 やがて冬馬は観念したように、軽く息を吐き出した。手に持っていたサラダと箸をローテーブルに置き、目を閉じる。
 翔は壊れ物に触るかのように慎重に、冬馬の肩を抱いて引き寄せた。冬馬の緊張が、指先から伝わってくる。もう片方の手で冬馬の顎に触れ、少し上向かせた。
「大好きだよ」
 冬馬の緊張をほぐすために、慈しみを込めて囁いた。
 神聖な儀式のように、翔はゆっくりと唇を重ねた。何度も何度も視線を釘付けにされ、触れたいと焦がれてきた。冬馬の形の良い唇は柔らかく、それでいて弾力があった。重ねた唇からびりびりとした痛みにも似たものが、溢れ出ていくように感じられた。好きな人と交わす初めてのキスは、とてつもなく気持ちの良いものだった。
 口付けの余韻から、目を閉じたまま恍惚とした溜息を吐き出した。顔を見るのも気恥ずかしくて、翔は冬馬を抱き締めた。冬馬も首に腕を回してきた。胸がぴったりと密着するように、二人はお互いを抱き締め合った。冬馬の温もりを感じているだけで、満ち足りた気持ちになれる。このまま溶けてしまいたいと、切に願った――。