またしても、目頭が熱くなってきた。
『もし、俺が通りかからなかったら……どうしてただろうって……。考えると、怖くてさ……』
「――え……?」
 翔が通りかからなくても、冬馬はそのうち帰宅していただろう。だが翔は、冬馬から電話がかかってくるまで、ずっと冬馬のことを考えてくれていたのだ。
『冬馬が死んじまったら、俺はきっと泣く!』
 大真面目に、この人は何を言っているのだろう。熱いものが込み上げてきた。冬馬はかつて、あの橋から身を投げた人のことを知っているのだ――。
 掌に、水滴が落ちた。
「……どうして……?」
 疑問に思ったことを、そのまま口にした。
『――え?』
「俺が死のうが……翔にはどうってことないんじゃないの?」
 いつもは言わないような本音が口を衝いて出た。
『そんなことない!』
 少し怒ったように、翔は言った。
『絶対に、そんなことないから!』
 重ねて、翔は言う。
『だって、冬馬は、冬馬しかいないだろう?』
 そんな台詞、初めて言われた――。
 そんなのは詭弁だと、言い返すこともできた。けれども、冬馬はそれをしなかった。したくなかった――。
『それにな、嬉しかったんだ。俺も……』
 翔は声の調子を少し落とした。
「――え? 何が?」
『……歌だよ』
 どうやら翔は照れているようだ。
『でっかい声で歌ってても、馬鹿にされなかったから』
「……しないよ」
『……うん。だから、俺もありがとう……』
 なんだろう。純粋に感謝されることが、この上なく嬉しかった。
「また、聞かせてよ。笑ったりしないから――」
 携帯電話を耳に当てながら、祈るように言った。
『……うん……。今度な……』
 約束をして、通話を終えた――。