冬馬の耳元で、熱っぽく何度も何度も呟いた。
「頼む……! 後生だから……! もう二度と……そんなふうに思わないでくれ!」
 腕に力を込めて、苦しげに翔は言った。腕の中で、冬馬が顔を覆っていた手を離した。
「……ホントに?」
 抱いていた腕を緩めると、冬馬が体の向きを変えた。
「ああ。誤解だよ」
 翔はほっとして、冬馬の涙で濡れた頬を指先で拭う。もう一度冬馬を引き寄せ、腕の中に抱いた。冬馬の香りが鼻腔に広がる。
「だいたい……冬馬を帝仁に誘ったの、俺じゃん」
 しばらくの沈黙の後、冬馬が翔の首に腕を回してきた。
「……そうでした……」
 冬馬は呟くように言った。
「いや。黙ってた俺が……一番悪いんだ」
 冬馬はしがみ付いていた腕を離し、翔の顔を見上げる。
「俺、バレー止めたんじゃなくて……できなくなったんだ」
 冬馬が整った眉の間に深い皺を刻んだ。
「……え?」
 翔は自嘲気味に笑う。
「中学最後の試合で、肩、打っ壊しちまったんだ。二度とバレーができない程に、派手に、肩やっちまったんだよ」
 冬馬の顔から、血の気が引いていった。
「……大丈夫なの?」
 翔は冬馬を安心させるために、笑顔を浮かべてみせた。
「ああ。もうほとんど痛くないよ」
「……ほとんどってことは、ちょっとは痛むってことだよね?」
 元運動部だけあって、冬馬は故障のこととなるとやけに食い下がる。翔は軽く肩を回した。
「ほら、大丈夫だって」
 それでも冬馬は、眉間に刻まれた皺をなくしてはくれなかった。
「……ちゃんと、リハビリ行ったの?」
 翔は返答に詰まった。冬馬に嘘は付きたくないが、ここで真実を言うと、余計に心配させてしまう。
「どうなの?」
 冬馬が身を乗り出す。涙で濡れた名残を見せる双眸が、目の前に迫ってきた。下腹部にぞわりとした感覚が走った。
 その時、廊下からドアがノックされた。
「高峰です」
 寮監の高峰のようだ。
「はーい」
 翔はほっとしながら戸口に向かう。開錠してドアを開けると、コンビニの袋を持った高峰が立っていた。
「木下くん、夕食まだのようでしたので、軽いものですが、買ってきました」
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げて受け取った。
「仲直りできましたか?」
 高峰が小声で聞いてきた。
「はい。なんとか」
 翔も声を落として応える。
「そうですか。良かったです」
 高峰は心配して、様子を見に来てくれたのだろう。