城崎と寺坂は、部活のミーティングがあると言って上階に向かった。翔は一人、二階の廊下を歩いていた。211号室のドアの前で立ち止まる。室内の明かりは灯っていないようだ。腕時計を見ると、午後七時四十分になろうとしていた。
 ドアが少し開いた瞬間、中から啜り泣きが聞こえた。
「……冬馬?」
 返事はない。ぴたりと泣き声が止み、押し殺したような息遣いのみが鼓膜へと響いた。
 翔はすばやく室内に入り、施錠した。部屋の中央付近、おそらくベッドのところに冬馬がいる。そう感じた。慎重に電灯のスイッチを押した。室内が明るくなる。翔の予想通り、冬馬は制服姿のまま、こちらに背を向けた状態で自分のベッドに座っていた。
「……冬馬……」
 翔は愛しい人の名前を呼んだ。冬馬はびくりと華奢な肩を震わせた。無事に帰ってきてくれて良かったと、翔はとりあえず安堵した。
「……何で?」
 冬馬が背を向けたまま、震える声で言った。
「何で、バレーの強豪校に行かなかったの?」
 翔は苦々しく唇を噛み締め、拳を握り締める。案の定、後藤から翔の中学時代の話を聞かされたようだ。
 冬馬が首をゆっくりと動かした。涙に濡れたきつい目で見返してきた。
「ひょっとして……俺のせい……?」
 冬馬の双眸から、大粒の涙がこぼれた。その光景に、目が釘付けになる。冬馬はまた顔を背けてしまった。
「……翔はやっぱり……あの野球アニメの主人公に……そっくりだよ……」
 声を詰まらせて噎び泣きながら、冬馬はそれでも話し続ける。
「後藤に聞いたよ。北見沢だけは別格だったけど、他の奴らはそれ程の問題じゃなかった。けど、北見沢を中心に結託して、西中の前に立ち塞がってきたって」
 冬馬が振り向いた。その泣き顔を見ているだけで、ずきずきと胸が痛んだ。これが、今まで黙っていた報いなのだろうか――。
 ――泣き顔なんて……見たくなかった……。
「……誰もが翔の将来に期待してたんだ……」
 冬馬の視線が下に落ちる。目を伏せたため、長い睫毛を涙が伝い落ちた。
 冬馬が再び向きを変え、顔を背ける。
「翔が俺のせいで……進路変えたんなら……俺のせいで……好きなことができないんなら……」
 冬馬は両手で顔を覆う。翔は慌てて冬馬に駆け寄ろうとした。
「……俺のことなんか、好きになってほしくなかった……!」
 翔はベッドに乗り上げ、勢いよく冬馬を後ろから抱きすくめた。
 ――こんなふうに泣かせるために、そばにいたいわけじゃない……!
「誤解だ……。誤解だよ……!」