今まで城崎がおごってくれたことなど一度もなかった。どういう風の吹き回しだろう。
「おまえってけっこう……我慢強いよなーと思って」
 城崎は自分のサイダーを開栓した。
「――はぁ!?」
 城崎は平然としたまま、サイダーを一口飲んで蓋を閉めた。
「両思いなのに、手ぇ出さんとか……。尊敬するよ」
 心底感心したように、城崎は言う。
「――何で……? え? いつから?」
 挙動不審になりながらも、翔は問わずにはいられない。
 入試の時のキタの態度見てたら、ピーンと来たけど。あー、そういう仲なんだぁって」
 冷や汗が、背筋を伝っていく。気持ちを落ち着かせようと思い、翔はファンタグレープに口を付けた。
「――どうせ一人で抜いてんだろ?」
 あやうく吹き出しそうになった。
「図星だろ? それで寝不足なんじゃねぇーの?」
 翔はペットボトルをローテーブルに置く。城崎を睨みながら苦々しく口を開いた。
「ああ! そうだよ!」

 自分のもの臭いで充満したバスルームで、いつも翔は我に返る。冬馬で抜いてしまったことに、激しすげる自己嫌悪に陥るのだ。
 ドアを隔てたベッドの上で、冬馬は健やかに眠っている。翔の懊悩など、冬馬には知る由もない。
 ――ああ……。どうにかなってしまいそうだ……!

 翔は苛立ちを露わにした。
「――何だよ!? 話ってそれかよ!?」
「えげぇーよ。そんなわけないだろ」
「だったら早く本題に入ってくれ……」
 翔は溜息混じりに言い、ファンタグレープを呷った。
 城崎は先程までとは打って変わった雰囲気で、黙り込んでしまった。不意に城崎の顔から表情が消えた。デスクチェアから下り、ローテーブルを挟んで向かいに腰を下ろした。
「木下がテニス部に入らない理由、何か聞いてないか?」
 城崎が真顔で聞いてきた。やはり冬馬のことだったか。おそらく冬馬が後藤に呼ばれたのも、同じような用件だろう。後藤が余計なことを言わなければいいが、嫌な予感しかしない。今考えても仕方のないことなので、無理やり頭から追い出した。
「――テニスが本当に好きなのかわからなくなった……。みたいなこと言ってたよ」
 城崎はしばし沈黙し、「はぁ!?」と叫ぶように言った。
「そんなの、敢えて自問自答するようなことか?」
 城崎は腕組みをする。
「どの運動部でも同じだと思うけど、普段の練習なんて、きついわ厳しいわ辛いわで……好きじゃないとやっていけないと、俺は思うぜ?」
「そうだよな」
「だろ!?」
 翔が同意したので、城崎は身を乗り出した。
「ああ」
 城崎は考え込む素振りをする。
「――よし! 決めた!」
 拳を握り締めて、城崎が勢い込んだ。
「何を?」
「来週から、体育テニスなんだよ。木下にテニスの楽しさを思い出させるチャンスだ!」
 そういえば体育教師がそんなことを言っていたような。