翔がゴミ捨てから戻ると、教室に冬馬の姿はなかった。内心の動揺を隠す余裕もなく、翔は数人残っているクラスメイトに、誰にともなく尋ねる。
「……冬馬は?」
 座席を見ると、スクールバックも無くなっていた。
「なんか、おまえをいつも勧誘してる奴と一緒に、出てったぞ」
 クラスメイトと談笑していた寺坂が、間延びした調子で応えた。
「なんだって!?」
 翔は眉間に深い皺を刻む。寺坂はこないだ代わってもらったお礼にと、机運びを手伝ってくれていた。意外と律儀な奴だ。だが今は、労いの言葉を掛けている場合ではない。寺坂の言う『おまえをいつも勧誘してる奴』とは、後藤に間違いない。後藤が冬馬に、いったい何の用だというのだ。悪い予感しか、浮かんでこなかった。
「……どこに行ったんだろう?」
 ひとり言のように呟く。
「二号館じゃねえ? 普通に」
 寺坂が応えた。一年生の四組から六組の生徒は、原則として二号館の寮生である。
「元クラスメイトなんだろ? 別にいいじゃん?」
 拍子抜けするような気楽な声の主に、翔はきつい視線を送る。
「キタ! 丁度良かった! 俺もおまえに話があったんだ!」
「……はあ?」
 城崎が目を輝かせて、翔の左肩に手を置いてきた。
「木下いないし、丁度いい!」
「俺はおまえと、話してる気分じゃないんだけど」
 今すぐ二号館へ乗り込み、冬馬を連れ戻したい。城崎が鼻で笑いながら耳元で囁いた。
「あんまり束縛すると、嫌われるぞ?」
 その言葉が鋭い刃のように、翔の心に突き刺さった。苦渋に顔を歪めながら、吐き捨てるように言う。
「……わかったよ」

 城崎の部屋は213号室だ。一号館の別の部屋へと足を踏み入れるのは、これが初めてだった。造り自体は211号室と変わらないが、部屋の主が違うだけで全く違って見える。
 城崎は飲み物を買うために、部屋を出ていた。城崎と同室の寺坂は、まだ教室にいるのだろう。ローテーブルに頬杖を付きながら、何気なく外の景色を見遣る。211号室からはよく見える桜の木が、ここからは見えなかった。遮る桜がない分、通りの向こうに位置する二号館のクリーム色の壁がここからはよく見える。
 スクールバックから携帯電話を取り出し、『今、どこ?』とだけメールを送った。すぐに着信があり、『二号館』とだけ返ってきた。翔は溜息をつきながら、ローテーブルに突っ伏した。先程の城崎の言葉が、脳裏をよぎる。
『あんまり束縛すると、嫌われるぞ?』
 痛いところを突かれたと思う。中学からの旧知の間柄のため、城崎は翔の扱い方を熟知しているようだ。
 ――冬馬に嫌われたら……俺はこれから先……生きていける自信がない……。
 扉の開閉音がし、城崎が帰ってきた。炭酸飲料のペットボトルを二本持っている。
「ほらよ」
 ローテーブルに翔がリクエストしたファンタグレープを置いて、城崎はデスクチェアに腰を下ろした。
「ありがとう」
 翔はペットボトルに手を伸ばした。
「後で払うよ」
「俺のおごりだ」
「え?」