翔は冬馬の柔らかな髪を撫でるように梳いた。
「元々……夕方家に帰るまでの時間つぶしができれば、なんでも良かったんだ」
 ぽつりと、冬馬が言った。
「運動部にしたのは、くたくたになった方が、余計なことを考えなくていいと思ったから」
 翔は冬馬の背中に手を回した。ずきりと、右肩が痛むのを感じる。翔がバレーに熱中したのも、元を正せば同じような理由からだった。
「……何で、テニスにしたんだ?」
「個人競技だから」
 冬馬はあっさりと言った。
「チームワークとか、苦手なんだ……」
 冬馬は引き攣った笑みを浮かべてそう言った。『個人競技』『時間つぶし』という理由だけで、二年半も続けられるとは思えない。しかも、冬馬は全国大会に出場しているのだ。全国など、そうそう行けるものではない。事実翔は、競技は違えど、県大会にすら出場できなかった。
 翔はテニスコートを見遣る冬馬の横顔を思い出す。少しでも未練があるのなら――。それで冬馬の気が少しでも晴れるのなら――。入部してほしかった。けれども、今の翔にはそれを言葉にすることができなかった。