溜息と一緒に言葉を吐き出したように、冬馬は言った。
「何で、テニス部に入らないんだ?」
 この質問をすることに、翔はずっと躊躇していた。これを言ってしまえば、「何でバレー部に入らないの?」と、聞き返されてしまうことが怖かった。翔には答えられない理由があった。けれども先程の、練習を見ていた冬馬の寂しいような懐かしいような表情を目の当たりにしてしまうと、聞かないわけにはいかなかった。
 だが冬馬は、翔がバレー部に入らない理由を聞き返してくることはなかった。
「全国に行ったんだろ?」
 そう言うと、冬馬は微苦笑を浮かべて顔を上げた。
「――城崎に聞いたの?」
 翔は無言で頷いた。
 入試の直後、城崎は冬馬に再会した興奮冷めやらぬ状態のまま、翔に語ってきた。城崎は冬馬に負けたために、初戦で引退となってしまった。だがそれ以来、自腹を切って、冬馬の追っかけをしていたらしい。冬馬の中学テニス幕切れの瞬間を、城崎は見届けていたのだ。
 冬馬は重ねていた手を離した。体を起こして、翔の足の間から出る。隣に移動し、居住まいを正した。
「俺のお兄ちゃん、髪の毛の色素が、少し薄いんだ」
「――え?」
 いきなり話題が変わったため、翔は少し面食らってしまった。以前冬馬が電話で言っていたことを思い出す。確か冬馬の兄の徹は――。
「野球部だったよな?」
「うん。小学校から大学まで、ずっと野球を続けてきたんだけどね……」
 野球部は他の運動部に比べて、頭髪に厳しいイメージがあった。天然であっても、茶髪では――。
「小学校ではそうでもなかったけど、中学に上がった頃から、嫌み言われたり、嫌がらせされたりしたんだって。それでも、三年の夏の大会まで、部活を続けたんだ」
 高校野球全敗でも、野球をやり続けてきた人なのだ――。
「かっこいいな」
 翔は素直にそう言った。冬馬は相好を崩した。
「うん。かっこいいんだ」
 冬馬は自分の手に視線を落とした。一年前の今頃はマメだらけであったろう冬馬の掌は、綺麗に治っていた。
「――俺、そこまでテニス好きかなって……思っちゃったんだ……」
 翔は冬馬の肩を引き寄せた。冬馬の額が肩に置かれる。
「ごめん。皺になっちゃうね」
 冬馬は翔の濃紺のブレザーを気にした。
「いいって」