「……嘘じゃない!嘘なもんか!」
 先程触れた指を荒々しく掴み、冬馬を腕の中に引き寄せた。冬馬のかぐわしい香りが、ふわりと鼻腔に広がる。そういえば同室になって以来、翔が自分から冬馬に触れたのは、これが初めてだった。腕の中で、冬馬が翔のブレザーの襟元を掴む。
「……悪い……」
 冬馬の柔らかい髪に顔を埋めながら、翔が謝罪する。
「謝らないでよ。……居たたまれなくなるから……」
 間髪を入れずに、冬馬が言い返した。
 翔が愛おしげに、冬馬の髪を梳く。壊れ物に触れるかのように、慎重に――。
「好きだ……!」
 きつく瞳を閉じたまま、狂おしい程の情動から絞り出すように言った。両肩に手を置かれた後、額に弾力のあるものが押し当てられる。目を開けると、冬馬の綺麗な顔が正面にあった。
「――知ってる」
 冬馬は赤く艶めかしい舌で、自らの唇を舐めた。その光景が、ひどく悩ましいものに思え、下腹部がぞわりと疼いた。
 視線がぶつかった。冬馬は翔の胡坐をかいた足の間で膝立ちになり、翔の両肩に手を置いた姿勢のまま静止している。冬馬の瞳が、揺れているように見えた。
 ――これは、もしかして……。
 翔はごくりと、生唾を呑み込んだ。こんなに至近距離で見詰め合ったのは初めてだった。どうしても視線が、冬馬の形の良い唇にいってしまう。冬馬の唾液で、唇は濡れていた。その艶めかしい輝きが、正常な思考回路を侵食していく――。
 翔は、大きく息を吐き出し、硬く目を閉じた。このようなほとばしる情動のままに、口付けを交わすことなどできるはずがない。唇を重ねてしまえば、翔は己を制御しきれる自信がなかった。
 やがて肩の感触が消え、胸の辺りに重さがかかってきた。目を開けると、冬馬がいつかのように、翔の胸に頭を凭れさせていた。
「……すまん」
 翔からは冬馬の顔が見えない。
「謝らないでよ」
 知らぬ間に、先程と同じ遣り取りになっていた。
「悪い……。あれ? ごめん……あ」
「もう、いいよ」
 冬馬が肩口に頭をずらし、こちらを仰ぐ。どちらからともなく手を持ち上げ、掌を合わせた。お互いの、体温が伝わってくる。
「なあ……」
 翔はわずかに眉根を寄せた顔で呼び掛ける。
「何?」
「聞いていいか?」
「だから、何を?」
 じれったいと言わんばかりに、冬馬が顔を寄せてきた。冬馬が凭れてきているため、この体制では、自分の顔を後ろに逸らすこともできない。距離が縮まり、目のやり場に困る。
「テ、テニスのことだよ」
 視線をあらぬ方へ向けながら、翔は言った。
「……ああ」