冬馬はフェンスを掴み、前のめりになって練習の様子を見ていた。テニスに関しては全くの素人の翔から見ても、その上級生たちはお世辞にも上手いとは言えなかった。それでも冬馬は目を逸らさず、じっと長いラリーを見ていた。その横顔が、少し切なげに見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。

 翔は211号室の鍵を開けた。先に冬馬を中に入れてから自分も入室し、内鍵を閉める。それが、いつもの日課だった。
 翔は、自分の机の横にスクールバックを置き、窓際まで移動する。床に座った状態で自分のベッドに凭れかかり、しばらく外の景色を見ている。その間、絶対に後ろを振り向いてはいけない――。
 背後で、微かな衣擦れの音がした。意図せず、耳をそばだててしまう。冬馬がブレザーを脱いだのだ。ハンガーにかける小さな音が響く。ネクタイの結び目をほどき、同じようにかけている。そして、金属音に、翔は生唾を呑み込んだ――。
 見なくても、瞼の裏に浮かんでしまう。冬馬が今、何をしているのかがわかってしまう。ベルトのバックルを外したのだ。ズボンのジッパーを外し、屈んで足を抜いていく。ズボンの折り目を合わせ、ハンガーにかける。カッターシャツのボタンを上から順にはずしていき、Tシャツ一枚になる。冬馬の白く細いすらりと伸びた四肢が露わになる。翔は硬く目を瞑り、歯を食いしばって拳を握り締め、じっと耐える。
 また衣擦れの音が響く。ベッドの上に用意していたパーカーに頭を入れた音だ。シャカパンを引き上げる音に、ひとまず、安堵の吐息を洩らす。
「着替えないの?」
 声をかけられ、油断して振り向いてしまった。翔は目を見張る。冬馬がパーカーの裾を整えていたため、白く滑らかな背中と、下着のゴムの部分が見えてしまった。翔は慌てて体を戻した。深くうな垂れる。冬馬の白く滑らかな肌が目に焼き付いて離れなかった。ぞわりと、下腹部が疼いた。
「もうすぐ夏だね」
 頭上から、冬馬の声が降ってきた。翔は顔を上げる。景色など目に入ってはいなかったため、改めて窓の外の若葉を見る。一月前には満開だった桜は、新緑に萌えていた。風に梢が揺れ、木漏れ日がきらめいている。
 ――世界はこんなにも美しいのに……。
 唐突に、翔はそう思った。隣に冬馬が腰を下ろした。全身が粟立つ。指が触れた。慌てて手を引っ込めると、きつい目で冬馬が睨んできた。大きな瞳を、涙の膜が覆っている。心臓を鷲掴みにされたように、その視線に捕らわれる。
「……いつでも握るって……言ったよね! あれは……嘘だったの……?」
 瞬きをするたびに、冬馬の長い睫毛が震える。翔は大きくかぶりを振った。