『――もしもし?』
「あ……ごめん。俺、さっき橋で会った……」
『ああ、やっぱり。良かった。無事に帰れたみたいだな』
 電話が鳴るのを待っていてくれたのだろう。少年が電話口で安堵しているのがわかった。
『名前言ってなかったよな。俺、北見沢翔。方角の「北」に、「見る」で、簡単な方の「沢」。翔は「飛翔」の「翔」で「かける」って読むの』
 ――北見沢翔……。
 なんとなく、ぴったりな名前だと思った。
『よろしくな!』
「……こ、こちらこそ……」
『よろしく』と言われて、頬が熱くなった。顔が見えなくて良かったと、冬馬は思った。
『――なあ。名前、訊いていい?』
 どきりと、心臓が跳ねた。翔が自分に興味を持ってくれている。そのことが、素直に嬉しかった。
『どうしたん?』
「あ……ごめん。木下冬馬。『冬』の『馬』で、『冬馬』」
『冬馬か。いい名前だな。ペガサスみたいで』
 ――ペガサス?
 そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。ペガサス座は確か、秋の星座だっただろうか。
 「……ねえ……翔……」
 冬馬は翔に渡されたマフラーをそっと撫でた。
『うん?』
 翔は優しく、先を促してくれる。
「……さっきは……ありがとう……」
 十二月二十四日は、冬馬にとって特別な日だった。
『どういたしまして』
 翔と橋の上で別れた後、冬馬は家路を急ぎながら、少しだけ泣いた。もう誰も自分のことなど、気にも留めないと思っていたから――。
「今日……俺……誕生日なんだ」
 翔は少し驚いたようだった。
『そうなん? おめでとう! ――え? 二十五日?』
「ううん。二十四日」
 そう言いながら、冬馬は時計を見上げた。時刻は零時を回っていた。
「もう昨日だね」
『そっか。おめでとう』
「うん……。ありがとう」
 顔が火照るのを感じて、外の空気が吸いたくなった。冬馬はカーテンを開き、窓を少し開けた。まだ雪が降っていた。明くる朝はホワイトクリスマスだろうか。窓を閉めてカーテンを引いてから、冬馬はエアコンのスイッチを入れた。
『そういえば、いくつになったの?』
 親戚のおじさんのような質問だと思いながら、冬馬は苦笑しつつ応える。
「十五だよ。中三だから」
『俺と一緒だ。誕生日まだだから、十四だけど』
「じゃあ俺の方が年上だね」
『そうだな』
 翔は電話の向こうで笑っていた。
『なあ。冬馬』
 改まった口調で言われて、冬馬は少し緊張した。
『あんまり、思い詰めない方がいいぞ?』
「――え?」
 この人は、どこまで優しいのだろう――。
『いやー。ちょっと、心配になってさ……』