「一月にここに来た時、翔と一緒に、花見がしたいと思ったんだ」
 顔を翔の方へ向けて、冬馬は艶やかに微笑む。
「叶って良かった」
 春風が吹き、花弁を揺らす。花びらが舞う。
「綺麗なのは君だよ」と、翔は声にならない叫びを上げる。翔の指が、冬馬の髪に触れた。出逢った時の印象そのままの、柔らかな感触があった。
「……翔?」
 冬馬の静かな問いかけに、翔ははっとして後退った。
「どうしたの?」
 無垢な瞳が翔を映している。
 他の寮生が廊下を歩いている話声がして、翔は我に返る。ベッド脇に置いた目覚まし時計で時刻を確認する。そろそろ、食堂が開く時間だ。冬馬に触れたのとは別の手で、垂れる程の長さもない短い前髪を掻き上げる。
「――荷物、先送りしてるよな?」
「……ああ、うん」
 一拍置いてから、冬馬が応えた。
「じゃあ、談話室に取りに行こう。それから、晩飯」
 軽く頭を振ってから、翔は立ち上げる。冬馬の顔を、見ることができなかった。
「わかった」
 冬馬の声が少し寂しげに聞こえたが、翔はあえて目を合わせようとはしなかった。