「あ。すみません」
 ぶちまけた資料を上級生が拾い出したことに気付き、冬馬も屈んで資料を集める。青くなっていいやら、赤くなっていいやら、紫に近いような色に頬を染めた冬馬の顔を見る。やはり予想通りの反応だった。集まった資料を封筒に入れ直すのを、翔はそばに寄って手伝った。少し手が触れた程度で、冬馬は一気に頬を赤く染める。
「部屋の場所はわかるな?」
 上級生が冬馬と翔を交互に見ながら尋ねた。
「はい。ありがとうございました」
 冬馬が慇懃(いんぎん)に頭を下げた。上級生が受付に戻った後、冬馬が上目遣いで翔を見遣る。廊下に設けられた窓から入り日が差し込み、冬馬の少し潤んだ双眸に陰影を付ける。
「鍵」
 先程、高峰から受け取った鍵を持ち上げる。
「ありがとう」
 冬馬の掌に触れないよう、翔はそっと鍵を落とす。冬馬が鍵を握り締めたことを確認した。
 冬馬から視線を逸らし、気付かれないよう翔は嘆息した。
「部屋行くか」
 このまま、ここにじっとしているわけにはいかない。窓口からじっとこちらを見守るようにして見ている、高峰の視線も気になっていた。
「……うん……」
 囁くように、冬馬が返事をした。翔は覚悟を決めて、廊下を左に折れ、中央階段を上りはじめる。
 二階にさしかかったところで、今度は右に折れる。翔は振り向いて冬馬を見た。
「ここ」
 211号室のドアが目と鼻の先にあった。冬馬はドアの手前まで移動した。整った眉宇に皺を寄せ、ネームプレートを凝視している。翔はポケットから自分の鍵を取り出し、開錠した。
「どうぞ」
 ドアを開き、冬馬に入るように促す。冬馬は軽く頷き、入室した。冬馬が部屋の奥に進んだのを確認し、翔も中に入ってドアを閉めた。ドアノブを数秒睨んだ後、内鍵を動かす。施錠音が、静かな室内に響いた。背後で、冬馬が息を呑んだ気配があった。何故、今日のこの時に限って寮内が静かなんだと、心の中で悪態をついた。
 ゆっくりと体を動かすと、振り向いてこちらを見ていた冬馬と、視線が絡み付いた。薄暗い室内を静寂のみが支配している。たまらず、翔は視線を逸らす。こんな状態でこの先もつのだろうかと、溜息が漏れた。ドア横の照明のスイッチを入れる。室内が明るくなった。これで少しはマシになる。
 寮部屋は細長い造りになっている。戸口付近の間口は少し狭くなっていて、入ってすぐにドアがあった。翔が昨日確認したところ、中はユニットバスだった。一号館では、大浴場がなく、入浴は各自が部屋で済ませることになっている。これも、翔を憂鬱にしている原因の一つだ。
「――あ。ベッドも机も、俺、奥側の使ってるから」