高峰は菓子折りの蓋を開けて、テーブルに置く。湯呑みを手に取り、口を付けた。
「翼くんは、お元気ですか?」
 箱から出した袋詰めの煎餅を翔の前に置きながら、高峰が口を開く。
「念願のシステムエンジニアに成れたんですよね?」
「はい。おかげさまで」
「年賀状を毎年頂いているので、だいたいの近況は把握しています。ご結婚されたとか」
「はい。来年、子供も生まれます」
 煎餅の袋を開封しながら、翔は浮かない顔で応えた。そんな翔の姿を見て、高峰も表情を曇らせる。
「三人で、暮してらしたんですよね?」
「……はい……」
 俯いたまま、翔は応えた。高峰はそれ以上、この話題には触れなかった。
 翔は煎餅を一枚取り出し、食べだした。残った煎餅を袋ごと、高峰の方へ置く。高峰も一枚取り出した。
「ところで、どうしてそんなに、浮かない顔をしているんですか? 友達と同室だったんでしょう?」
 高峰が最初の話題に戻した。
「そうなんだけど……」
 翔は言葉を濁した。頭を抱えて苦悶している。そんな翔の様子を見て、高峰は言葉を紡いだ。
「――そうですよね。親しくなればなる程、知られたくないこともありますよね」
 翔は顔を上げて、高峰を見た。冬馬と同室となって困惑しているのは、冬馬にまだ話せていないことを知られたくないからという理由もあった。
「……映二おじさん……」
 思わず以前と同じ呼び方で呼んでしまった。
「はい」
 高峰は少しも変わらない優しげな微笑を浮かべていた。
「翔くん。いつでも寮監室に来てください。とことん付き合いますよ」
「ありがとうございます」
 目頭が熱くなるのをこらえながら、翔は素直に礼を言った。

 翔は寮監室から出る。丁度冬馬が上級生に連れられて、上がり框にさしかかったところだった。寮監室は玄関から入って、向かって右側にある。
「冬馬」
 翔が控えめに声をかけると、冬馬の表情がぱっと華やいだ。
「……冬馬。俺と同室だぞ」
 すぐそばまで歩いて行き、翔が微苦笑を浮かべながら告げた。
「……ええ!?」
 長い沈黙の後、冬馬は受付で渡された資料を取り落とす。茶封筒から出た資料が、床に散らばった。先程受け取ったのだろう寮室の鍵が、冬馬の手をすり抜けて、寮監室のドアの前まで滑っていく。窓口からその様子を見ていた高峰が、ドアを開けて鍵を拾い、受け取りに行った翔に手渡した。211号室というタグの付いた鍵だ。
「伝えてなかったんですか?」
 小声で高峰が聞いてきた。
「こういう反応になると思って」
 冬馬は嬉しいやら恥ずかしいやら、さまざまな気持ちが綯い交ぜになった、複雑な表情をしていた。