安堵したように翔が言った。
「……え?」
 視線が絡み合う。
「今日、初めて笑った」
 翔の弾けるような笑顔につられて、冬馬も微笑を浮かべる。翔が射ぬかれたように動けずにいる間に、冬馬は墓石の前に移動していた。
「一月にお父さんとお兄ちゃんに会いに行った時、聞いたんだ。マーガレットの、花の意味」
 翔は我に返り、冬馬の話に耳を傾けていた。橋の上で初めて逢った時も、マーガレットが供えられていた。
「マーガレットは、ブライダルブーケによく使われる花なんだって」
 翔の方を向いて冬馬が言う。
「ブライダル?」
「結婚式の花束のこと」
 冬馬は墓標に刻まれた両親の名を見る。
「父さんと母さんは、結ばれることを、祝ってもらえなかったんだって。だから、お祝いの意味を込めて、お父さんは二人に花を贈ってるんだって。それから、もう一つ意味があるんだ」
 冬馬は間を置き、はにかむように言う。
「マーガレットの花言葉は、『真実の愛』。あなたたちの息子である僕を、『愛してる』って、お父さんからのメッセージなんだって。両親と、僕への……」
 ――愛を込めて……。
「――冬馬」
 少し語気を強めて、翔が改めて冬馬を呼んだ。その瞳からは、強い意志が感じられた。
「俺からも、花があるんだ」
 翔は自分の背中に手をやり、ラッピングされた一輪の花を両手で差し出した。冬馬は翔の元にゆっくりと移動し、同じように両手で花を受け取る。ピンクの薔薇だった。
「さっきの……花屋の若い店員さんに……聞いたんだ」
 頬を少しだけ赤らめて、翔は後頭部を掻く。
「……愛の告白に……何かいい花はありませんかって」
「……愛の告白……?」
 冬馬はオウム返しに言う。翔は真っ直ぐに冬馬を見詰めている。
「ピンクの薔薇の花言葉は、『我が心君のみぞ知る』」
 ――我が心君のみぞ知る。
 冬馬の頬が、ローズピンクに染め上がる。
「……恥ずかしい奴……」
 やっとの思いで、それだけ言った。早咲きの桜が、冬馬の頭上を彩っていた。