冬馬は電話口で、ゆったりとした口調で言った。
「付き合ってほしい場所があるんだ。一緒に来てくれる?」
 少しの間の後、翔は言った。
『……冬馬と一緒なら、どこへでも』
 あながち冗談ではないような、真剣な口調だった。冬馬は頬を赤らめる。動揺を気取られないよう早口で、土曜日の朝、駅に来るようにと伝えた。
 鈍行列車に揺られながら、冬馬は車窓を見るともなしに眺めていた。翔はそんな冬馬の隣で、想い人の横顔に見入っている。他に二・三人がぽつぽつと座っているだけで、車内はとても静かだった。
 告白されてから二人で出掛けるのはこれが初めてだった。今回は決して、デートと呼べるような浮かれたものではない。翔も冬馬の様子から、それを感じ取っているのだろう。哀愁を帯びているといえる冬馬の横顔を、ただ見詰めていた。
 そして何も言わずに、座席に置かれた冬馬の手に、そっと自分のそれを重ねる。冬馬はわずかに視線を動かした。口角を少しだけ上げ、ゆるく翔の掌を握り返した。
 閑散とした無人駅に、二人は降り立った。冬馬がこの土地を訪れるのは、実に二ヶ月ぶりだった。翔に見繕ってもらった紺のダッフルコートは、今はもう必要なかった。
 駅前にわずかに残った店舗の一つに、冬馬は足を踏み入れる。翔も後に続いた。
「こんにちは」
 冬馬がにこやかに挨拶をした。
「いらっしゃい」
 青いエプロンをした中年の女性が花束を整えていた手を止める。ここは花屋だ。
「珍しい。今日はご家族と一緒じゃないの?」
 婦人は冬馬の後ろにいる翔を見て言った。
「はい、今日は……。いつものください」
「はいよ」
 景気良く言い、婦人は白い花が並べられた一角に移動する。店の奥に声をかけると、同じエプロンを身に付けた若い男性が、中から顔を出した。
「二束にするよ」
「はい!」
 男性は元気に返事をし、作業を手伝う。どうやら婦人の息子のようだ。
 冬馬は二つに分けられたマーガレットの花束を受け取った。翔は冬馬の腕に収まった白い花弁を見遣る。ラッピングもされず、輪ゴムで二つに分けられただけの花束だ。翔は察しが付いたようだ。この花が、仏前に供えられるためのものであると――。
「――ちょっと待ってて」
「え?」
 花屋から出て少し進んだところで、翔が急に立ち止まって踵を返した。しばらくすると、翔はすぐに戻ってきた。何も持っていないように見えたが、背筋が不自然な程に伸びていた。背中に何か入れているのだろうと思ったが、冬馬は構わずに再び歩き出した。
「――ここだよ」