冬馬は先程まで翔が横になっていた布団の上に移動していた。目の前のローテーブルには、姉が入れてくれたハーブティーがあった。翼が持って来てくれた毛布を羽織り、その上から翔が肩を抱いてくれていた。冬馬の右手は、まだ翔にしっかりと握られていた。
 冬馬は翔の厚い胸板に身を任せていた。翔の鼓動が冬馬の心を落ち着かせた。冬馬はハーブティーのマグカップに左手を伸ばす。口を付けると、全身に温かい血液が巡って行くのを感じた。ゆっくりと飲み干し、マグカップをローテーブルに戻す。
「ねえ……」
 冬馬は泣き腫らした瞼を重そうに動かし、目線だけで翔を見上げる。
「ん?」
 翔の慈しむような視線が返ってきた。冬馬はたまらずに顔を俯ける。
「……どうして?」
「ん?」
 冬馬は、今度は顔ごと動かして翔を見た。
「どうして翔は、そんなに……」
 言葉が続かない。重ねた右手が、また強く握られたように感じた。
「俺に、優しくしてくれるの?」
 勇気を振り絞って言い切った直後、翔の鼓動が乱れたような気がした。訝しんで顔を見ると、半笑いのような表情で固まっていた。
「そ、それはだなー……」
 翔は大きく息を吐き出した。やがて覚悟を決め、冬馬の顔を見る。翔は微笑みをたたえていた。
「好きだからだよ」
 一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「冬馬のことが、大好きだから」
 意味を思案した後、冬馬は一気に頬を赤く染めた。心臓が早鐘を打つ。
「……え!? ええ!?」
 翔が冬馬の右手を引き寄せ、自分の胸元に手を置くように誘導する。冬馬が両手を胸元に置いたのを確認し、翔は冬馬の背に腕を回し、抱き締めた。
「俺だって……そんな誰彼構わず……『かわいい』『かわいい』言わないって」
 耳元で甘く囁かれた。翔の体温を感じる。
「……本当に?」
 翔のパジャマを握り締めながら、冬馬は尋ねる。
「うん。大好きだ」
 熱を帯びた声で、そう言われた。冬馬は顔を上げる。しっかりと翔の顔を見たいのに、視界がぼやけてよく見えない。自分が泣いているのだと、その時わかった。翔が冬馬の頬に口をつけ、愛おしげに涙を掬い上げる。
「兄ちゃんが言ってたことは本当だよ。冬馬と一緒じゃなきゃ……俺……勉強なんかしなかったよ」
 とびきり甘い顔と声でそう言われ、また涙が溢れ出した。翔が慌てた顔をする。
 噎び泣きながらも冬馬は翔の首に腕を回し、翔にしがみついた。冬馬の華奢な肢体を、翔はしっかりと抱き締める。思えば、冬馬が翔の抱擁に応えたのは、これが初めてだった。胸の奥の空洞が、ゆっくりと満たされていくのを感じる。
 嗚咽が漏れ、翔の肩口を濡らす。冬馬は今この時に、最も相応しいと思える言葉を口にした。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
 おどけたように、翔は応えた。